M25ただの物置。

四物語



!注意

デュオロン、サイキカル、オズワルド、グスタフの改変四人組が怪談話をしているだけのお話です。
空手健治×サイキカル、グスタフ×ユウキ、ジェネラル×オズワルド前提で、 別人、捏造、不安定口調、恐怖体験談等の要素を含みます。
全体的に怖くないけど、ラストが怖い……かも?

※某所に10/09/04投下、11/07/06に倉庫へ移動。

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カタン、と置かれたボトルには薄黄色の酒が満たされていた。
色白のバーテンダーが封を切り、四つのグラスに酒を注げば僅かに甘い香りが広がる。
いつものように集まった四人はサイキカルの強い勧めにあい、今宵も甘い酒を囲む。
会釈をしてカウンターに戻るバーテンダーを見送ると、気になったようにオズワルドが口を開いた。

「随分と色の白い方でしたね、夏バテでしょうか」
「最近は暑いからな」

暑さとは無縁ですといったような涼しい顔をしたグスタフがさらりと相槌を打つ。
表面化しないだけで此処のところの猛暑には苛められているらしい。
なまじ日中、冷暖房完備の室内で仕事をしている分、暑さ寒さの温度差が身に堪えるのも頷ける。
グスタフの言葉に同意するように、サイキカルも酒で喉を潤してから口を開く。

「本格的な夏になってからは雨量も少ないしな」

半分地下に埋まっているような構造の酒場では余り気にならないが、確かに今夜もじっとりとした熱気を孕んでいた。
サイキカルの言葉通り、雨でも降れば地表温度が下がるだろうが、此処最近は雨と言えば通り雨が精々で、涼を得るには程遠い。
オズワルドも、そうですね。と相槌を打ちながら乾いた喉を酒で潤すと、テーブルを囲む三人に目を向けた。
もともと表情の乏しい各人も注意深く見やれば、それぞれが多かれ少なかれ暑さにやられているのが見て取れる。
そう思考するオズワルドとて、連日連夜の暑さには辟易していた。
いつものように、ゲームに興じるのも悪くはないが、こうも暑いとその気も殺がれてしまう。
だから。という訳ではないが、オズワルドは酒を呑みながら思い付きを口に出した。


「では…折角の夏の夜ですから、怪談など如何でしょう?」


てっきりいつものテーブル・ゲームを予想していたグスタフは、ぴくり、と眉を跳ねさせた。
男四人で集まって、怪談。
なんとも酔狂な話だが、いつもの酒席でも随分酔狂なことをしてきている自覚があるグスタフに異論はない。
結果、沈黙を賛同の証にし、グスタフも乾いた喉に酒を流しいれる。
デュオロンはいつもの無表情ながら、やはり異論はないらしく、グラスに口をつけている。
そんな中で、サイキカルが眉間に皴を寄せながら待ったを掛けた。

「おい、私は嫌だぞ」
「おや。少しでも涼しい気分を味わうために、趣向を凝らしたつもりですよ?」
「貴方のは只の思いつきだろう」
「まぁ、確かに思いつきではありますが…こうしてテーブルを囲んで、思いつき以外で何かした覚えもないでしょう?」

オズワルドの言葉にグスタフが突っ込みを入れるが闊達に笑われはぐらかされる。
言われてしまえば、グスタフにはそれ以上の言葉はないものの、サイキカルが続いて口を開いた。

「別段、怪談が怖いと言う訳ではないがな。この面子だぞ?」

胡乱気な視線とともに吐かれた言葉は、提案者であるオズワルドをしてうっかり頷いてしまいそうになるほど説得力があった。
確かにこの場にいる人間に、そんなに可愛らしい心臓をしている者はいない。
そう考えれば、サイキカルの言葉は真理をついている訳だが、オズワルドは笑みの一つでそれを黙殺した。


今までとて随分、酔狂な思いつきで酒宴を重ねてきている。
涼を得られないまでも、暑さを紛らわす程度に面白ければそれで良いではないか。


オズワルドの笑みの中にそんな声を聞いた気がして、サイキカルは数拍の間のあと、溜息一つで反論を諦めた。
そんなサイキカルにオズワルドは皮手袋に包まれた手を差し出した。
五指を揃えて自身へと向けられたサイキカルは僅かに首を傾げたが、その意味に気付くと頬を引きつらせた。

「では、サイキカルくんから参りましょうか」
「私からか!?」

てっきりオズワルドから話始めるだろうと高を括っていたサイキカルは思わず声を上げた。
その声の大きさに、瞬間的に酒場の視線が幾つか四人へと投げられ、離れていく。
視線が離れるのを待ってから、グスタフが悠々と酒を呑みながらサイキカルを急かす。

「散々渋ってたのはお前だろう。どうせ一巡はするんだ。さっさと終わらせてしまえ」

「そう難しく考えずとも、恐怖を感じたことを話せば良いんですよ」

オズワルドがデュオロンに同意を求めて視線を投げる。
今まで静かにカウンターを眺めていたデュオロンは一拍遅れて首肯した。
スターターを譲られたサイキカルは酷く嫌そうな顔をしていたが、
水を向けられて尚黙っていることも出来ず、溜息を吐いてから口火を切った。

「――――…人から聞いた話だが。」

サイキカルは意識を過去へと飛ばしながら、目を細めた。
それは、何故か同居することになった男―――空手から聞いた話だった。

『心を持つぬいぐるみの話を知っているかい?』

夕食も終え、二人で食後の茶を啜っているときに、空手がそう切り出した。
秀麗な美貌に似合わず、ぬいぐるみや小動物といった可愛らしいものが好きなサイキカルはその言葉に目を輝かせた。
同時に、珍しくメルヘンチックなことを言い出す空手が可笑しくて口元に笑みを湛えた。

『アンタがそういう話をするとは珍しいな。明日は雨か?』
『まだ梅雨明けには遠いから、そうかも知れないな。』

サイキカルがそう茶化せば、空手はわざとらしく宵闇に染まる窓へと視線を投げた。
二人で一頻り笑うと、気を取り直したように空手が続きを話した。
曰く。
大切に作られたり、情を込めて名を呼ばれるぬいぐるみや人形は心を持ち、
美しい姿を永く保つのだという。
そして、持ち主がぬいぐるみに愛着を持つように、ぬいぐるみもまた持ち主を慕うのだ、とも。

「九十九神か」
「まぁ、モノに魂が宿るというのは別段珍しくはないな」
「楽器や銃の名器も、自ら主を選ぶと言いますしね」

デュオロンが呟けば、グスタフが続き、オズワルドが同意する。
だが、その事象は奇怪ではあろうが恐怖ではない。
ぬいぐるみだろうが武器だろうが、モノが主を慕うのはどちらかと言えば微笑ましい。
そんな感情を読み取ったのか、サイキカルは甘い酒で喉を潤すと、続きを口にした。

「私もそう思った。だが…」

サイキカルも、自分のコレクションたちがサイキカルを主と認め、慕ってくれるのは嬉しいことだと思った。
しかし、空手は違う意見だったようで、緩く首を振った。
モノは人の都合は考えない分、厄介だと言った。

『厄介だと?』
『そうだな…例えば、君が違うぬいぐるみを大切にし始めたら?自分を見てくれなくなったら?
やはり、寂しいと思うんじゃないか?』
『…まぁ、確かに』

無機物であるモノに、人の心変わりなど分かるはずもない。
今まで大切にされていたのなら、これからもずっと大切にされるのだと思うだろうし、途端に見向きもされなくなったらやはり悲しむだろう。
サイキカルが頷けば、空手は殊更声を低くした。
いつもの空手からは考えられないくらい密やかなその声は、ある種の注意深さが滲んでいた。
そう、まるで、リビングにも飾られているコレクションたちに聞こえないようにするかのように。


『もしも君が止むに止まれぬ事情でぬいぐるみを手放すことになったら…』


恨むだろうね。
なまじ心がある分、深く、酷く、……重く。


「………心が宿るのも良し悪しだ、という。その程度の話だが」
「いえいえ。中々空気は冷えましたよ」

その時の空手の声を思い出し、多少なりとも心身が冷えたサイキカルはそう話を締め括ると、
上機嫌なオズワルドが応じた。
その様子に若干憮然としたサイキカルは、似たような声を聞いたことを思い出した。
今しがた話し終えた怪談の後に、空手が茶を飲み干して笑ったのだ。

『さて。話も一区切り付いたところでそろそろ寝るか』
『………待て』

今のように心身が冷えたサイキカルは空手を呼び止めた。
正直、そんな話の後でコレクションが飾られているリビングに居続けるのも、
コレクションで溢れている自室に戻るのも嫌だった。

『ん?どうしたサイキカルくん』
『…………いや』

呼び止められた空手は微かに首を傾げて問い返してきた。
しかし、そこで怖いと言えるほどサイキカルは幼くないし素直でもなかった。
訝しがるような空手の視線がどうにも決まりが悪く、温くなった茶を喉へと流し込む。

『そうか?では寝ようか』
『待て』

二度目の静止に、今度は空手は止まらなかった。
湯のみを持って立ち上がると、そのままリビングから出て行こうとする。
サイキカルは眉間に盛大な皴を刻むと、自身も立ち上がり空手の腕を掴んで止めた。

『待てと言ってるだろ!』

何処か切羽詰まったようなサイキカルの声に、空手は背を向けながら肩を揺らす。
くるり、と向き直る空手の顔は、まるで微笑ましいものを見るかのように笑みを刻んでいた。
図られた、とサイキカルは気付いたが、全ては後の祭りである。
羞恥に視線を泳がせながらも掴んだ腕を放さずいれば、空手はふふ、と微笑してサイキカルの髪を梳いた。

『……一緒に寝るか?』
『―――お前がどうしてもと言うなら、寝てやらんでもない』


視線を外しながら、それでも尊大にのたまったサイキカルは、結局空手のベッドで朝を迎えることになったのだ。


単なる添い寝だけでは終わらなかった夜を思い出し、緩々と頬に朱を集めるサイキカルを見やる三対の目はその夜にあったことをほぼ正確に把握すると何事もなかったように話を元に戻した。
席順から言って、次はグスタフかデュオロンのどちらかである。
グスタフが、どうする?と視線でデュオロンに訊ねるが、
生憎とデュオロンはカウンターに視線を投げており視線が交わることはなかった。
グスタフはそれ以上の労力は使わず、まぁいいか。と、二番手を引き受けた。
未だ顔の赤いサイキカルと、酒宴を愉しんでいるオズワルドをそれぞれ見やると、酒に濡れた唇を動かした。



「持ち帰った仕事を済ませ、明日に備えて寝ようとしていた、ある夜の事だ…」



連日の暑さと激務に疲労を蓄積していた身体をベッドへと横たえれば、意識は瞬く間に四散する。
その夜も、そんな風にさながら気を失うように眠りに付いたはずだったが、グスタフは唐突に眠りの縁から引き離された。
カーテンを閉め切った寝室の闇の中、ゆるり、と、緩慢に浮上する意識。
身体はまだ眠りの海を漂っているが、意識は現へと引き戻され、闇に慣れた目は見慣れた寝室をぼんやりと映す。

「何故起きたのか、自分でも分からん。しばらく天井を見上げて、何をするでなく気を飛ばしていた」

すると、不意に。
身体が重くなった。
正しくは、何かの負荷が掛かった。

「…行き成り、か?」
「ああ」

確認するかのようなサイキカルの言葉に、グスタフは軽く頷いた。
その返答を聞き、サイキカルの顔色が僅かに悪くなった。

「ずっしりと……そうだな…胸から足に掛けてまで、身を捩ることも出来ないほどの重みだった」

顔にも口調にも出さないが、実はグスタフ自身はその時、恐怖を感じていなかった。
グスタフが寝入った後に、ユウキが帰ってきたのだと思ったのだ。
お互いに、それなりに忙しい仕事を抱えているから。と、ユウキに合鍵を渡したのは随分前になる。
その合鍵が使われる頻度は決して多くはないが、稀にこうして深夜と呼べる時間帯に訪ねてきては
グスタフを起こさぬようにベッドの隣にもぐり込み、束の間の休息をグスタフの傍に求めるのだ。 そのユウキが、珍しく寝入る前に懐いてきたのだろう、と。
グスタフは何の疑いもなく、身体に掛かる負荷に腕を伸ばした。

「―――腕は動いたからな。確認しようと負荷の掛かっている辺りを探ってみた」

まるで…否。正しく子どものように懐くユウキをからかい半分、 労わり半分で抱き寄せようとした腕は、しかし、まるで意図せぬ感触を掴んだ。
その感触を思い出し、グスタフの眉間に皴が寄る。
口の止まったグスタフを促すように、オズワルドが水を向けた。

「……結局、原因はなんだったんですか?」



「………アビスだった………」



そう、ベッドに乗り上げ、グスタフの身に負荷を掛けていたのは、あろうことか第三形態をとった巨大アビスだった。
今思い出しても恐ろしい。
手に触れた、ぐちゃり、という感触に驚いて完全に覚醒したグスタフは、身体にのしかかるゼリー状の巨大物体に
全身の毛を逆立て、問答無用でなぎ払った。

「……あの時ほど、セキュリティ会社の性能を疑ったことはないぞ……」

酷く疲れたようなグスタフの声には何処か哀愁すら漂っている。
何であんな巨大生物の進入を許した。
様々なことは『致し方なし』の一言で見逃されてしまうMUGEN界だとは言え、
セキュリティにすら引っかからないのはどういう仕様だ。と思い出すだけで頭が痛くなる。
けれど、本当に大変だったのはその後で。
覚醒直後に放った全画面当身に、何時の間にかベッドに潜り込み、隣で大人しく寝ていたユウキを巻き込んでしまったのだ。
グスタフほどではないにしろ、優秀なエージェントで日々忙しく駆け回っているユウキは、その暴挙に当然の如く怒りを露にした。

『なんですか!俺だって疲れてるんですよ!?』
『…すまん』

グスタフはベッドの上で、アビスはベッドの下で正座を組まされ、寝起きで機嫌の悪いユウキに揃って怒鳴られた。
グスタフがベッドに入ったのは深夜の二時過ぎで、ちらりとみた時計は四時を指していたから、ユウキの睡眠時間は最長でも二時間しか得られていないわけだ。
そんなささやかな眠りをグスタフの隣に求めた気持ちも、それを行き成り叩き起こされた怒りも分かるから
グスタフは黙って怒鳴られる他なかった。

『大体俺以外をベッドに入れるなんて、どういう了見ですか!浮気なんですか!?』
『違う!そもそも私はコイツを部屋に入れた覚えはない!!』
『グスタフさんの隣は安心するの〜』
『黙れ人外!!』

怒鳴るユウキの大きな目の端に涙が溜まるのを見て、グスタフは焦って否定したが、横からそれを台無しにするようなことを言ってくるから堪ったものではない。
結局ユウキは完全に臍を曲げてしまい、真夜中だというのに自宅に戻ると出て行ってしまった。
アビスを追い出してすぐにユウキの家に向かったが、篭城されてドアの前での説得を余儀なくされた。
二時間粘ってドアを開けさせたが、泣き腫らした瞳を見て罪悪感に苛まれたのは記憶に新しい。
はぁ…、と、重い溜息を吐くグスタフに掛かるように、机を叩く音が聞こえる。
不機嫌を露にグスタフが視線を投げると、サイキカルが机に突っ伏して手で卓を叩いてた。
その肩は細かく震えており、声も出ないほど笑っているのが見て取れた。

「………サイキカル………」

低い声で名を呼ぶが、聞こえているのかいないのか、サイキカルからの反応はない。
絶対零度の視線を投げていると、取り成すようにオズワルドが手を上げた。

「…っまぁ、まぁ、グスタフ……そう、尖らずに……っ」
「………………」

本人は取り成しているつもりなのだろうが、顔を逸らし、
口元を片手で隠しているのであればサイキカルの反応とそう変わらない。
唯一反応の薄いデュオロンと言えば、興味が薄い内容だったのか、カウンターへと視線を投げていた。
グスタフは鋭く舌打ちし、グラスの酒を煽った。
その勢いのままグラスをテーブルに叩きつけると、ガンッと小気味良い音がする。

「お前たちはそう笑うがな。寝入っているときにあんな赤だか緑だか分からんようなものに圧し掛かられてみろ。 居るかどうかも分からん亡霊なんぞよりよっぽど実害があるぞ」
「まぁ、それはそうでしょうね」

未だクスクスと笑気を漏らすオズワルドは、それでも笑みを噛み殺して同意する。
確かに深夜の真っ暗な寝室にアビスが居たら色々とホラーだ。
アビスには悪意も害意もないだろうが、自宅に招きたい相手ではないことは確かである。
オズワルドは苦笑しながら未だ笑い続けるサイキカルの肩を叩き帰還を促した。
サイキカルは肩に掛かった振動に何とか顔を上げるが、まだグスタフの顔を見れないのかわざとらしく逸らされた。
このまま放っておけば一悶着起こりかねない空気を察したオズワルドは、仕方のない人たちですねぇ、と声に出さずに呟くと、さて。と前置きして口を開いた。

「では、次は私の番ですね」

にこり、と。
いつものアルカニック・スマイルを浮かべてオズワルドがそう切り出した。
その笑みに気を殺がれたのか、二人分の視線がオズワルドへと向く。
デュオロンは未だカウンターに目を向けたままだ。
それに構わず、オズワルドは話を始めた。



「あれは…確か二週間ほど前のことでしたか」



それは、メール便の仕分け作業が滞り、深夜まで残業していたときのこと。
ルガール運送会社の奥まった仕分け室で、一人で黙々と仕事を続けていたオズワルドの身に起こった。

「それまではずっと静かに仕事をしていたんですよ。社員は全員上がってましたし、セキュリティも私がいた
部屋以外全て掛かってましたから、夜食を買いに行くのも面倒で」

日中は業務連絡や、休憩時間を知らせるベル、多くの人が行きかう喧騒で賑わう社内は、 まるで死んだかのように静まり返っていた。
耳鳴りがするほどの静寂の中、聞こえる音といったら、オズワルド自身が奏でる紙と紙の擦れ合う音のみ。
正直若くもない身体は疲弊し、休息を求めていたけれど、せめてこの一山だけは終えて帰らないと、明日の仕事に支障が出る、と 老体に鞭打ち只管仕分けを続けていた。

「そんな時、遠くで音がしたんですよ」

それは本当に微かな音で、日中の喧騒があればまず気付かないような些細なものだった。
けれど、余りに静かな空間は、確かにその音をオズワルドの耳へ届けた。
オズワルドは手を止め、首を傾げた。
オズワルドしか残っていない社内で、何かの音がするはずはない。
疑問符を浮かべつつ、呼吸を潜めて耳を澄ませた。
しばらくそうして音を待ってみたが、一度聞こえたはずの音は何時までたっても到来しない。

「その時は気のせいだろうと思いましてね。まぁ、仕事で疲れていましたし、空耳だろう、と」

オズワルドは止まっていた手を動かし始めた。
正確さとスピードを持った指がメール便を法則に従い仕分けていく。
疲れているとはいえ、その正確さに淀みはない。
山はあと半分を残しているが、このペースで行けば終わりはそう遠くないだろう。
オズワルドが僅かに吐息を漏らしたとき、その音は再びオズワルドの耳を打った。

「…今度は、先ほどよりもしっかりと。確かに何かの音がした、と、認識できるほどの大きさで聞こえました」
「その……それは…やはり……」

歯切れ悪く、グスタフが口を挟む。
サイキカルは固唾を呑んでオズワルドの言葉の続きを待っている。
一度目に聞こえた些細な音が、二度目には確りと音として聞こえた。
一度目を気にしていたから、二度目の音が大きく聞こえていたのだろうか。
それとも、ごく単純に、二度目の音の方が大きかったのか。

どちらも外れと言わんばかりに、オズワルドが緩く首を振った。



「……近づいてきてたんです」



オズワルドは、仕事の手を止めてドアのセキュリティを解除すると、仕分け室の扉を大きく開き、 廊下に視線を投げた。
補助照明のみに照らされた廊下は薄暗く、遠くは闇に埋もれたように暗い。

「もちろん、補助照明がついている時点で、電気系統が生きていることは証明されています。 ですから、セキュリティが起動していないなんてことは有り得ません」

ルガール運送会社は腐っても大企業である。
そう簡単に侵入できるような設計はされていない上に、社員でさえセキュリティ解除の手順を間違えれば 侵入者と見なされてしまうほど防犯システムは厳しい。
そんな中に、何者かが侵入した。

―――…本当に?

「正直、嫌な予感は尽きませんでしたよ」

それでもオズワルドが部屋に戻って仕事を再開したのは、何の気配も感じなかったからだった。
一線を退いたとはいえ、かつて名うての暗殺者であったオズワルドの察知能力は健在である。
身体の老いを認めないわけにはいかないが、感覚機能はその限りではない。その自負がオズワルドにはあった。
気を取り直して仕分け作業へと戻るが、速度は格段に落ちている。
意識しないながらも、出来うる限り紙が擦れ合う音を殺し、いち早く異変を察知しようと耳をそばだてる。

「けれど、皮肉なものです。気のせいだと思えば思うほど神経質になってしまって仕事が少しも進まないんですよ」

困ったものだとオズワルドは笑みを零すが、真実その時のオズワルドは困っていた。
『何か』に怯えて仕事が手に付かないなんて、まるで年若い女性でもあるまいに。
そう何度も心中で呟くが、気がつけば仕分け室の扉へ意図せず意識を向けてしまう。
一つ呼気を吐き、邪念を振り払うように頭を振った、そのときだった。


また、音が聞こえた。


「…今度は、気のせいだ。と自分を偽る必要もありませんでした」
「何故だ?」
「扉のすぐ向こう側から聞こえたからです」


もう仕分けの指先すら完全に止まってしまった。
扉に背を向けたままの状態で、手にはメール便を持ちながら、オズワルドは心臓が嫌な音を立てるのを聞いていた。
緊張からか、呼吸が浅くなり、少しの音も立てないように直立不動を保つ。
しかし、そんなオズワルドの反応を嘲笑うかのように、もう一度、音が鳴った。


今度はオズワルドの真後ろからだった。
そして、音はしたものの、未だ何の気配も察知していない。


じわりと、オズワルドの背筋を冷たい汗が伝う。
オズワルドは震える指先を叱咤してひゅっ、と息を吸い込んだ。
そして、意を決して身体ごと振り返ると、そこには―――



『―――オズワルド、もう十一時だぞ?』




緑の軍服に身を包んだ見慣れた尖兵が立っていたのだ。




「いや、肝が冷えましたよ」

しみじみと瞼を閉じるオズワルドに、グスタフがテーブルを叩き猛烈に噛み付いた。

「ちょっと待て!私の話と何処が違う!?」
「全然違いますね。忍び寄る物音ですよ?怖いじゃないですか」

飄々とオズワルドは嘯くが、言っていることは本心だった。
話のオチとしてはグスタフとそう変わらなかろうが、オズワルドにしてみれば結構な恐怖体験だったのだ。
何せ相手はあのパーフェクト・ソルジャーである。
野生の獣かくや、と言わんばかりに気配を殺せる尖兵が微かな物音だけを供に近づいて来れば、 誰だろうと肝も冷えるというものだ。

「デュオロン、お前は何かいい話はないか?」

そんなグスタフとオズワルドのじゃれ合いのような会話を聞き流しながら、
サイキカルは静かに耳を傾けていたデュオロンに水を向けた。

「―――ある、といえば、ある」

デュオロンは、カウンターを一瞥した後、そう語った。
珍しく歯切れの悪い切り出しに、三人は一様に視線をカウンターへと投げる。
カウンターには、先ほどテーブルに酒を運んできた年若いバーテンダーが静かにグラスを磨いていて、 その向かいには二人連れの客が居座り談笑しながら酒を愉しんでいる。
何の変哲もない、ただの酒場の一コマだ。
三人がそれぞれ視線を元に戻すと、デュオロンは静かな声で、聞いた話だが。と前置きをした。

「さっき、酒を運んできたバーテンダーなんだが……」

やはり、歯切れ悪くデュオロンが語り出す。
いつも無表情に、淡々と物事を話すデュオロンにしては物凄く珍しいことだ。
その様子に、いつもは口を挟まないオズワルドが介入した。

「先ほどの方から聞いたんですか?」

「違う」

微かに首を振り、否定する姿はいつも通りで、尚のこと不自然さが際立った。
オズワルドと同じく疑問を抱いたグスタフがその後に続く。

「どうもぱっとしない男だったが、あの男がどうかしたか?」

「しいて言うなら、どうにもなっていないのが可笑しい」

訳が分からん。と言わんばかりにグスタフは眉間に皴を寄せた。
今回ばかりはオズワルドの手にも余るようで、量りかねたように首を傾げて見せた。

「回りくどいぞデュオロン」

そんな中、とうとう業を煮やしたサイキカルが続きを急かした。
デュオロンはもう一度カウンターに視線をやると、殊更声を潜めて言葉を紡いだ。











「先月初めに、交通事故で死んでるはずなんだ」











瞬間。
場の空気が凍った。
その空気を察しているのかいないのか、デュオロンは尚も続ける。

「この酒場のオーナーに聞いた。オーナーは葬儀にも参列したそうだ」

「「「――――………」」」

何とも言えない沈黙の後、三人同時にカウンターへと視線を投げるが、今まで居たはずのバーテンダーの姿はない。
まるで、最初からバーテンダーなどいなかったかのように、酒場は喧騒に包まれている。
三人の頬を、冷たい汗が伝って落ちる。

「――――…今夜は貴方の勝ちですね」
「そのようだな」

搾り出すようなオズワルドの声に、無機質なデュオロンの声が重なる。
グスタフは渇いた喉を潤そうとグラスを持ち上げたが、
死人に注がれた酒だと思うと呑む気が失せてしまいそのままテーブルへと戻した。
ちなみにサイキカルはカウンターに目を向けたまま凍っている。





結局その夜は、心身ともに冷えた身体を温めようとして、 四人が大層悪酔いしたことは関係者のみが知る。




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