紳士ゲーム
!注意
デュオロン、サイキカル、オズワルド、グスタフの改変四人組がきゃっきゃっうふふしてるお話。
空手健治×サイキカル、グスタフ×ユウキ、ジェネラル×オズワルド前提で、
別人、捏造、不安定口調、メタ発言等の要素を含みます。
※某所に10/07/13投下、11/07/06に倉庫へ移動。
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カランカランとドアに取りつけられたベルが鳴る。
待ち合わせの時間から少しだけ遅れたグスタフは店に入るなり、辺りを見渡し、 目的の輪を見つけると片手を上げながら三人の男が囲むテーブルへと近づいた。
「すまん、少し遅れた」
「遅いぞ」
「遅いな」
「お疲れ様です、グスタフ」
遅刻を謝罪すれば、似た顔の二人からは似たような言葉が、 黒スーツの老紳士からは労いの言葉が送られた。
すまん、ともう一度謝りながら、椅子を引きテーブルを囲む四人目になる。
「やはり、会議が長引いたのか」
「お前が先に抜けた所為でもあるのだがな」
問いかけたサイキカルにグスタフはさらりと棘を返して、グラスを一つ注文した。
グスタフはとある企業の頂点に座る地位にあり、サイキカルはその護衛であり相談役だった。
その護衛が飽きた、と言わんばかりにさっさっと退社してしまった所為で、所用を切り上げきれず、約束の時間に食い込んでしまったのだ。
護衛であるはずのサイキカルと同等の―――接近戦においては、 それ以上かもしれないほどの力を持つグスタフを放り出して姿を消すのは日常茶飯事なのだが、 流石に先に上がって酒場で晩酌などを嗜んでいると皮肉の一つも混じると言うものだ。
「まぁ、そう尖らずに」
静かに二人のやり取りに入ってきたのは、スーツに赤いサングラスを掛けた老紳士――オズワルドだった。
店の者が丁度持ってきたグスタフのグラスに透明な酒を注いで、場を仕切り直す。
注がれる透明な酒は仄かに甘い香りがして、グスタフは一息つく。
「貴方まで罰酒三杯だとか言いださないで欲しい所だな」
「三杯如きでは如何にもなるまい」
サラッと口を挟んできたのはグスタフよりも長い髪を細い三つ編みにして垂らしているデュオロンだった。
対して口数の多くないこの面子の中にあって、一等無口な男でもある。
人間ではなく大蛇の一族であるグスタフを彼なりの軽口で茶化すのも珍しかった。
「ああ、気にするな。麻雀でないからテンションが可笑しいんだ」
「と言う事は、今日は――…ああ…、」
サイキカルが勝手知ったると言う風に言葉を添えると、グスタフも納得の声を上げた。
機嫌良さそうにオズワルドが何時もの笑顔を更に何割か水増しした顔でお得意のカードを取りだしたのだ。
「前回は彼に負かされてしまいましたのでね、ただのリベンジですよ」
ただのリベンジで済めば良いが、と口腔で相槌を打ちながら、グスタフは香りの強い酒を一口飲んだ。口の中にライチの味が広がる。
グスタフ、オズワルド、デュオロン、サイキカルの四人は皆、誰かと群れたり、集まったりする事が得意なタイプではなかったが、何故か妙に気が合い、思い出したように連絡を取り合っていた。
そして、それなりに多忙な各人の都合がつけば、他愛ない酒席を設けて、他愛無い事を語り合いながら、他愛無いゲームを楽しむ。
何時からそうだったのかは忘れてしまったが、然して居心地が悪いと言うわけでもないので、今日も今日とて、
男四人で顔を突き合わせ、酒場の隅を陣取っている。
「ポーカーは嫌だぞ」
「お前は顔に出るからな」
「お前たちがポーカーフェイス過ぎるんだ」
手慣れた手付きでカードを切るオズワルドを前にして、サイキカルとグスタフが言葉で戯れる。
サイキカルも決してオーバーリアクションな訳ではないが、他の三人に比べると感情の起伏が表面上に現れた。
オズワルドは言わずもがな。玲瓏たる美貌を崩さないデュオロンに、オロチ四天王の腹心であるグスタフだ。些か分が悪い。
グスタフだけは調子が良いと気が乗ってくるようだが、そうなってからでは遅い。
怒涛のラッシュを叩き込んで、結構な善戦を繰り広げるのだ。
「では、何に致しましょうか。私は何でも良いですよ」
余裕なのか、常なのか、楽しげな声でオズワルドが促し、持て余した時間をリフルシャッフルに使う。
グスタフはなるべく運に任せるゲームが良いだろうと頭を回す。
だが、答えが出る前にデュオロンが割り込んだ。
「ババ抜きでどうだ」
「スタンダードですが、ポーカーよりは彼向きでしょう」
純粋な運勝負にオズワルドが頷いた事で、今宵のゲームは決定した。
グスタフは男四人態々集まってババ抜きに興じると言う茶番に口角を上げたが、それもまた、一興だろうと思わせる何かがあった。
まるで単純とでも揶揄されたサイキカルだけが、半眼でオズワルドを睨んでいた。
(……まずい)
オズワルドが丁寧に配り終えた札を扇状に開くと、サイキカルは手札の中でほほ笑む死神を見つけてしまった。
一応、顔に出さず、揃っているカードを引き抜いて捨てていくが、出だしが悪すぎる。
サイキカルのカードを引くのは隣に座っているグスタフなのだ。
普段から近しい位置にいるだけに、ジョーカーに誘導するのは難しい。
テーブルの中央にカードの小山が出来始める。
この面子で最も勝率の悪いサイキカルは甘い酒で舌を濡らしながら、何とかグスタフにカードを引かせようと逡巡する。
(………このまま負け続ける私ではない…!)
ある程度、カードが出揃うとオズワルドはスターターをサイキカルに譲る。
カードゲームではオズワルドが場を仕切るのが常だった。
商売道具でもあるせいか、最も手際が良く、手慣れていたのだ。
「前回のこともありますし、サイキカルくんからで良いでしょう?」
前回惨敗したこともあり、反対意見はなく、やはりスタートはサイキカルからだった。
今回こそは汚名を返上したいと考えるサイキカルは手札を見やりつつ、グスタフに開いたカードを差し出して、ゆっくりと口を開く。
「時に、グスタフ」
「なんだ、サイキカル。死神に取りつかれたような顔をして」
早速手札が読まれているような揺さぶりを掛けられるも、サイキカルは動揺が顔に出る前に続きを口にした。
「最近、あのぼうやとは如何なんだ」
「………なっ…!?」
今まで余裕綽々で口元に薄笑みを浮かべていたグスタフは何処へやら、たった一言で、言葉に出るほどの動揺を引きだし、サイキカルは小さく笑う。
「おや、また火遊びですか?」
咎めるでもなく、茶化すでもなく、それでもきっちりとオズワルドは話に乗ってくる。
グスタフの正面に位置するデュオロンも興味があるのか、ゲームを急かすような真似はしない。
「―――…お喋りがすぎるぞ、サイキカル」
「度々仕事を押しつけて、足しげく通っている癖にか」
「若いと良いですねぇ、年下なんですか?」
主題のカードではなく、サイキカルを睨むグスタフの声は低い。
それでもサイキカルは気にした風でなく、オズワルドの言葉に答えた。
「ああ、まだ十代だそうだ。随分と活きが良い」
「未成年とは………、貴方も隅に置けませんね。グスタフ」
「アレはそんな相手ではない」
グスタフが懸命に否定しても、三人称にアレと言う親密的な表現を用いては、
そんな相手だと言う事を公言しているようなものだった。
普段とは違うグスタフを見て、オズワルドは笑みを深めた。
「随分と激しい趣向変えですが、それだけその子に魅力があるのでしょうね」
「違……ッ」
「ショタコンか」
シレッとした口調でデュオロンにまでからかわれて、グスタフは三対一である現状を把握した。
ク、と苦しげに息を吐き出して、元凶であるサイキカルからカードを一枚奪い取る。
「勝手にくっ付いてくるだけだ、アレもその内飽きる」
まるで自分に言い聞かせるように言う時点で、相当戻れない場所に居るのだなぁと、三人は心を一つにする。
ジッと視線を向けた先で、グスタフは手の中で笑うジョーカーを睨んでいた。
「まぁ、グスタフが良いと言うなら私は応援しますよ。面白そうですし」
不純な動機でエールを投げかけるオズワルドは、グスタフから向けられたカードに目を向けて吟味を開始した。
目を細めて見やれば、ジョーカーが最初何処に居て、誰に乗り換えたのか、一目瞭然だ。寧ろ、分からない方がどうかしている。
「―――……貴方も、人の事は言えない口ではないのですか」
「……………」
余りに洋々とした口調に、グスタフもサッと水を向ける。
口調こそ、年上に対して敬語だが、多分に含みを持っている言葉だった。
しかし、流石に年の功なのか、片眉をピクリと揺らしただけで、オズワルドにそれ以上の動揺は広がらなかった。
「さて……、何のことかな?」
一瞬の動揺を隠して、サングラス越しの瞳を撓めるオズワルドは流石だった。
けれど、再びデュオロンが口を開いたことにより、そのポーカーフェイスは崩れることとなる。
「そう言えば、先日街で例の尖兵と歩いている所を見たな」
「……………、……今度の標的は私ですか」
赤いサングラスのブリッジを中指で押えて、沈痛な声を出す。
別に否定する事でもないし、タネを明かせばそれで良いのかも知れないが、某尖兵が思考回路に介入してくると判断が鈍るのでそれは避けたい。
仮にも自分の得意分野で惨敗だけはオズワルドのプロ意識が許さない。
「まぁ、そんな事は如何でも良いじゃありませんか」
「と、言う事はあの噂は本当なのか」
どこの、どの噂ですか。と問い返したくなるのをグッと押えるが、サイキカルの言葉に疑問の眼差しを投げたデュオロンにより、聞きたくても聞けない続きがサイキカルの口から紡がれる。
「ああ、あの尖兵を以前買い物に出かけた時、花屋で見かけたんだが」
「ほう、奴が」
噂話には興味なさげだったグスタフまで、意外そうに相槌を打ってきて、心当たりのあるオズワルドは更に追いつめられる。
「たまたまその時に話をすることになったんだが――…いや、話かけたのは私じゃないんだが、………それは如何でも良い。なにやら花を買っていたぞ――…あれは確か……」
「……七夕、か」
「百合だろうな」
サイキカルの言葉にグスタフが便乗し、デュオロンがトドメを刺す。
オズワルドはサングラスを押える格好のまま、反論しない。
いや、正確に言うなら、内心を悟られそうで反論が出来なかった。
もしかしたら、今頃、牽牛気取りの誰かがくしゃみの一つでもしているかも知れない。
「それはまた奴らしい」
調子を取り戻したようにカードと共に視線を投げて、グスタフは普段頭の上がらないオズワルドを見やった。
オズワルドは自分を誤魔化すように息を漏らしながら、やれやれと頭を振った。
「…………皆さん、よくご存じですね」
ス、と腕を伸ばし、グスタフの持つ手札の上に指を翳す。
外れを引く確率はかなり低いものの、今は外れしか引け無さそうな心境だった。
しかし、それでジョーカーを引き寄せるオズワルドでもない。
「ですが、」と平静を装う声を出して、グスタフの瞳を見つめる。
「貴方も七月一日は忙しかったのではないですか?」
「ッ!」
「はい、ではこれを頂きましょう」
オズワルドはにっこりと笑いながら、ジョーカーの隣のキングを奪っていった。
最後の最後で爪が甘いグスタフを眺めながら、揃ったカードを山へ放り投げる。
「サイキカル……」
「お前が来るまでの時間に、近況報告をしていたに過ぎん。世間話だ」
漏洩元を低い声で名指ししても、口角を持ち上げてやりかえされるだけだった。
デュオロンはどれを引いても安全牌とオズワルドの札を一枚貰い受けていた。
その余裕ぶりが堪らなく業腹で、さらには一日に嬉しそうにしていた元凶の笑顔を思い出してしまい、撃沈気味だ。
フッと満足げに笑うサイキカルの横顔を見ていたデュオロンは、ふと思い出したように口を開いた。
「―――…それで、誰と彼を見たんだ?」
低音で紡いだ言葉は爆撃となってサイキカルの頬にクリティカルを出す。
笑みは喉を詰まらせたような声に変わり、咄嗟にデュオロンへ視線を戻すと、
そこには一枚減ったカードが迫っていた。
向こう側に見えるのは鏡のように似た表情の無い顔。
「それは、……誰でも良いだろう…!」
「私としても気になるな、お前の買い物に付き合う相手と言うのは」
「お前たちには関係ないことだっ」
サイキカルは突かれたくないとばかりにデュオロンからカードを引き、さっさと組みを作って手札を捨てるが、その程度でグスタフの追撃が止む事はなかった。
「また、例の趣味だろう。お前にそんな知り合いが居るとは意外だ」
「知り合いと言うか、あいつは―――…、ええい、違う。早く引け」
「ところで、」
グスタフは完全に仕返しの姿勢だったが、今まで黙って聞いていたオズワルドが口を挟んだ。
この面子の中でも最年長者であるオズワルドの観察眼に捕まるまいと、札を開きながら、努めて冷静にグスタフを視線で急かした。
「痣、増えましたね」
「!?」
「冗談ですよ」
思わず己の身体を見直したサイキカルは、喰えない老紳士にまんまと騙される。
朗らかに笑う姿はまるで孫をからかうように老獪だった。
無論、それに便乗してグスタフはカードを引く。
サイキカルの動揺ぶりを楽しんでから、丁寧に手札を混ぜて、オズワルドに向き直る。
横目で見たサイキカルは痛い所なのか、首がほんのりと染まっていた。
「――…貴方は相変わらずだな」
「野次馬根性にも年季があるのでしょう。いえ、私は応援していますよ。サイキカルくんも、――…貴方も」
調子を崩さぬまま、オズワルドが腕を伸ばしてきて、グスタフは小さく鼻を鳴らした。
そうして乗り出すと普段から首元まできっちりと着込んでいるスーツが僅かに歪んで首筋が覗く。
その首筋に視線を這わせ、ふと、そこで天啓のような閃きが脳裏で爆ぜた。
しかし、名案を表面化させること無く、オズワルドの指先を十分にカードに引きつける。
「それは――…、」
絶妙な間合いで以って、低音を繰り出せば、オズワルドの指先が微かな痙攣が走る。
それを見逃すグスタフではなく、僅かにカードの位置を横へずらしながら続きを奏でた。
「虫刺されですか?」
「……………」
平静を装うオズワルドはそれ以上の反応を見せず、何食わぬ顔でカードを引いた。
けれど、グスタフは御得意のポーカーフェイスの裏で動揺が走ったことを理解した。
ジョーカーはにんまりと笑いながら、グスタフに別れを告げたのだった。
手札を揃えて、見比べる振りをするオズワルドだが、その実、覚えのある首筋が気になるのだろう。
オズワルドにしては珍しく、サングラスの奥でほんの少しだけ、視線がそれていた。
実際、グスタフにはそれが情交の痕であるか、虫刺されであるかは分からない。
しかし、動揺ぶりを見るに、どちらにしても、何処かの緑絡みで心当たりがあるのだろう。
老獪な紳士も形無しだ、とグスタフはほくそ笑む。
当人は何気なくネクタイを締めなおしたつもりだろうが、
あまりにタイミングが良すぎてグスタフは瞳を細めて笑った。
「―――…、」
更に追撃を掛けようとしたところで、グスタフの胸ポケットから場違いなメロディが聞こえてくる。
インストゥルメンタルではあるが、何処かで聞いたことのある割と新しい流行歌だった。
「着信音を変えたのか?」
「………子供の悪戯だ」
サイキカルの問いにはさらりと返すが、設定を弄らないのは面倒だからだ。と、誰も聞いていない言葉を付け足して、グスタフは携帯を取り出した。
ディスプレイに表示される名前を確認し、グスタフは「すまん」と一言断ってから、通話ボタンを押した。
「――…私だ。………、お前か」
そのままカードを伏せて立ち上がり、卓を離れるので、後半の声は聞きにくくなるが、耳も眼も異常に良い三人には全て聞こえてしまう。
「留守電を聞いたのか。……ああ、忘れていたぞ」
「………。――…無いと困るなら自分で取りに来い」
「……、相変わらずだな……、………今からか?」
ふいにグスタフは首を捻って卓の面子に視線を投げる。
オズワルドとサイキカルは言わずもがな、茶化すように瞳を撓めており、
―――…平たく言えば、物凄く嫌な笑顔でにやにやしていた。
しかも、デュオロンまでもが興味深そうに此方を見ている。
下世話な勘繰りだと米神を引きつらせながら無言で卓に背を向けて、携帯へ「少し待っていろ」と言いつけて切った。
「デートか?」
「違う、忘れ物を取りにくるだけだ」
「例の彼ですか?」
「たまたまだ」
「………何を忘れたんだ?」
「…………」
三者からの質問攻めに片眉を揺らすが、そんなことで引き下がるような神経の持ち主は此処にはいない。
グスタフは苛立ちを紛らわすように伝票を引っ手繰るようにして手に取った。
「すまんな、この埋め合わせはする」
「…何を忘れたんだ?」
クン、と細い顎を捻り問いかけてくるデュオロンに悪気はない。
ただ、好奇心があるだけだ。無表情の中にそんな気配を感じて、グスタフは息を吐き出した。
「………スカーフだ」
サイキカルのニヤニヤが度を増した気がして、グスタフは踵を返し、酒場を後にした。
カラン、とドアベルが響く余韻まで楽しむとサイキカルは早々にカードを山に捨てる。
一人抜けてしまっては、ゲームにならないと手を閃かせた。
今回は優勢だったので、出来れば勝ちまで持って行きたかったが、なんとなくコツは掴めたので良しとする。
それにいい年をして、あんなに真剣に恋愛しているグスタフを見たら、其方のほうが稀少である気がして、決して悪い気分ではない。
サイキカルも第三者から見れば、さして変わらぬ立場ながら、灯台下暗し、岡目八目とは良く言ったもの、まるで自覚がなかった。
オズワルドも己の持っていた手札を山に帰し、死神を屠ってカードを集めなおす。
デュオロンからもカードを受け取れば、それも混ぜ込んで整えた。
「グスタフも随分と丸くなりましたね」
「脱線も増えたが、過労には気をつけているようだからな」
懐にカードをしまいながら、サイキカルの相槌に唇だけで笑い返す。
オロチに傾倒し、血も生も捧げる生き方を否定するわけではないが、オズワルドにとってグスタフは弟子のようなものだ。
消耗するだけの人生でないほうが良いとは常々考えていた。
まさか、自分のヒーローを見つけてくるとは思わなかったけれど、それでグスタフが怒ったり拗ねたりしているのは微笑ましい。
サイキカルも同じ意見なのか、口元が穏やかだった。
「それでは、私もお暇いたします」
「………今日は早いな」
「もう夜更かし出来る年ではないですから」
デュオロンに向かい、軽い笑い声を漏らしながら、立ち上がり時計を確認する。
ほんの少しだけ瞳を細めると、首筋に掌を宛がい、二人に視線を戻す。
「サイキカルくんも程ほどに素直になった方が楽ですよ」
「…………ふん」
不満そうに鼻を鳴らすサイキカルの反応を愉しんでから、扉へ向かい歩き出し、店員に預けていた中折れ帽を受け取る。
最後にチラと二人へ視線を投げかけ、帽子の鍔を軽く引き上げながら、では、御機嫌よう。と小さな言葉を残して、オズワルドは酒場の扉を潜り抜けた。
酒気と紫煙のこもる酒場から外に出ると濃厚な夏の夜の香りが鼻をつく。
まずは胸いっぱいに空気を吸い込んで、肩から力を抜き、酒場の影へ視線を投げかけて口を開いた。
「お待たせいたしました、閣下」
その言葉に応じるように影だと思っていた部分から、緑の軍服に身を包んだ彼が出てくる。
気配を殺していたお陰でオズワルドにも明確な位置は把握できなかったが、ジェネラルが気配を戻してくれば、視覚以外でも認知できるようになった。
「すまない、気を遣わせたか」
「いえ、丁度良いくらいです。閣下こそ、本日もお疲れ様でした」
任務帰りだと見て、労いの言葉を掛ければジェネラルは軍帽を引いて目元を隠した。
その姿が妙に可愛くて、そっとジェネラルの傍に顔を近づける。
「………そう、心配されずともきちんと帰りますが」
「分かっているさ」
本当に分かっているかは定かではないが、歩き出すジェネラルの隣に並んだ。
こうして、過保護で完璧な紳士も恋愛ごとまではやんちゃではないらしい。
まるで初々しい限りだ、と自分のことを棚にあげてオズワルドは瞳を撓める。
ほんの少し酒気を帯びた身体と頭のお陰か、隣のジェネラルのお陰か、はたまたその両方か、まるで夢心地のように気分が良い。
首筋の件を問いただすのはベッドの上でしましょうか、と心中で呟いて、夜のデートを存分に楽しむことにしたのだった。
そんな風にオズワルドが幸せをかみ締めながら、恋人と家に帰り始めた頃、残ったデュオロンとサイキカルは、グラスに残る酒をゆっくりと楽しんでいた。
しかし、そろそろグラスの中の酒もなくなってきており、デュオロンは僅かに瞼を下げる。
このままサイキカルと二人で飲み明かすのも悪くないが、明日は早くから仕事が入っていた。
サイキカルを見れば、グスタフとオズワルドの出て行った扉をまだぼんやりと見やっている。
本日は随分と二人にからかわれた様だから、疲れたのかもしれない。
顔のよく似たサイキカルにはある程度の親近感もあり、
これ以上付き合わせることもないだろうと自分に言い聞かせた。
デュオロンはグラスに残っていた酒を飲み干して立ち上がる。
「――…さて、私もこれで…」
「待て」
声を掛けると同時に、扉から視線を外したサイキカルが低い声を出した。
中腰のまま、座りなおすことも立ち上がることもせずに首を捻る。
少し考えるような間を置いてからサイキカルは続きを声にした。
「今夜、泊めろ」
「…………」
表情変化がもともと少ないデュオロンは切れ長の瞳を僅かに細め、長い睫が目元に影を作った。
その視線を受け止めたサイキカルは、どこか子供に眉尻を微かに下げる。
「帰らないと、投げるほど心配されるぞ」
「待て、なんでそうなる」
「彼の家に帰るのだろう?」
カマを掛けるつもりで当てずっぽうを口にすれば、サイキカルはグ、と言葉をつめた。
デュオロンの記憶では、サイキカルはちゃんと塒を持っていたような気がするが、どうやら、恋の病は人も変えるらしい。
案外、集めたコレクションで自宅がパンクしたとかそんなことなのかもしれないが、件の人物の元が帰る場所だと認識している以上、色々と手遅れだ。
何度投げられても、それでも彼へ近づいてしまう、彼の眼の届くところに来てしまう。
いっそもう、いじらしいと言うほどではないか。よく自覚に至らないものだ。
「帰れ」
もごもごと歯切れの悪いサイキカルに念を押すようにもう一声掛ける。
サイキカルは横顔を焦げ茶色の髪で隠して、唸るように反論した。
「………煩い、奴と居ると息苦しいんだ」
「――…………」
それは息苦しいのではなく、胸が苦しいのではないか。と思ったが、焦げ茶色の髪の合間から見えた肌がほんのり染まっているのを見て押し黙った。
これからどうやって、この仕方がない弟のような存在を彼の元へ帰すか。
そんなことを考えながら、デュオロンは息を吐き出しながら天井を仰いだ。
◇おまけ◇
「お疲れ様です、グスタフさん。すっかり忘れていてすいません」
自宅の近くで待ち合わせしたユウキを見つければ、グスタフが口を開くより先にユウキが頭を下げてきた。
その首元にはトレードマークとも言える赤いスカーフがなく、ライダースーツの広い襟ぐりから健康的な肌が覗いている。
「一枚しか持ってないのか」
「他のは全部洗濯しちゃったんで。色移りするから、いっぺんにするんですよ」
お陰で首元が涼しいです。と冗談を告げるユウキに溜息を零し、スカーフがあるグスタフの自宅に向かい、二人で歩き始める。
月明かりに伸びた影は細くて、あまり身長差が気にならない。
「今日は車じゃないんですか?」
「ああ、オズワルド達と飲んでいたからな」
「うわー…、何です、その楽園」
「お前、やっぱりスーツが……」
胡乱な眼差しを投げかけられて、ユウキは慌てて首を振った。
茶と金の二色が混じる髪がパサパサと揺れる。
「ち、違いますよ!」
「あまり、やんちゃしているとカァンされるぞ」
「ジェネラルさんも格好良いですよね、部門違いますけど憧れます」
「お前、中年なら誰でも……」
「違…っ! わしはグスタフさんばっかしに決まっとるんじゃから、そがぁなことを言って、かもわんでつかぁさい!」
「………ユウキ」
ユウキの剣幕に驚いたように眼を見開いて、グスタフは足を止めた。
「すまん、なんと言ってるか分からん」
「訛っとりゃーせんがぁー!!」
―――――――――――――――――――
※嘘っぱち意訳
わしはグスタフさんばっかしに決まっとるんじゃから
そがぁなことを言って、かもわんでつかぁさい!
↓
俺はグスタフさんだけに決まってるんですから、
そんなことを言って、からかわないでください!