M25 ただの物置。

夢に見るほど甘い生活



!注意

ジェネラル×オズワルドでバレインタインデー話。
色んな意味で甘い仕上がり。ラブラブしてるばっかりです。


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睡眠に夢という付加価値が加わったのはいつからだったか。


少なくとも暗殺者として闇の中に身を浸していた頃には、縁遠いものだった。
そもそも当時のオズワルドにとって夜は暗躍する時間であり、本来その時間帯に取るべき睡眠自体、必要最低限しかとらないように心掛けていた。
無防備になる時間は出来る限り少なくしたいという暗殺者の悲しい性と、休息に当てる時間が無為なものに思えて仕方なかったからだ。
そんな生活をずっと続けていたから一線を退いた後も、夜に眠って昼に動くという当たり前のサイクルに慣れるために決して短くはない期間を要した。
現在は身体に言い聞かせ続けた甲斐あって何とか体裁を保ってはいるものの、やはり夜の方が目が冴えるし、なにより性に合う。
そんなオズワルドにとって本当に幼い頃ならいざ知らず、記憶にある中で睡眠中に夢を見るという感覚は長い間理解の外にあった。
けれど、だからこそ―――現実では決して起こらないであろう事を夢で見るのは決して嫌いではなかった。




「昨夜、夢を見ましたよ」

まだ冷たいシーツに懐くように身を伸ばしながら、オズワルドは口を開いた。
風呂上りで火照った身体にシーツの冷たさが存外心地よく、滑らかな肌触りを愉しんでいると、今まで活字を追っていたジェネラルの視線が落ちてきた。
枕に顎先を乗せつつ、目だけをジェネラルへと向けると、穏やかなブルーエストと視線が絡む。

「どんな、と聞いても良いだろうか?」
「おや、興味がおありですか?」
「悪夢は人に話すと効果がないそうだぞ」
「悪夢というほどのことでは」

言葉遊びのように言い合えば、ジェネラルの大きな手が慈しむように額へと添えられて、そのまま頭を撫ぜられる。
それが心地よくて思わず目を細めると、微かな笑気が耳を打つ。
まるで猫のようだと笑う気だろうか。という思考はすぐさま掻き消える。
動物のようだと揶揄されようと、この手が好きなのだから仕方ない。

「…まぁ、余り楽しい夢ではありませんでしたが」
「ほう?」

緩々と動く手は未だ止まらない。
短く切りそろえられた髪を梳くように撫でる手は子ども扱いと言うよりも、甘やかそうとしているようだった。
老齢に片足どころが両足を突っ込んでいるオズワルドに対してする行為ではないが、不器用な恋人がしていることに抵抗する理由はない。
ふと気づけば、今まで本へと注がれていた視線を独占していた。
邪眼と名高い目はオズワルドだけに注がれている。
じわりと広がる満足感に小さく笑気を漏らして自らが見た奇妙な夢物語を紡ぎ始めた。

「多分、寝る前にお菓子のことを考えていたのも関係していると思うんですが…」

夢の中で、オズワルドは手で触れたものを全てお菓子に変えてしまう能力を手にしていた。
例えばそれが植物であっても、無機物であってもお構いなしだ。
どういったわけか、手袋を嵌めてしまうと効力は得られないらしいのだが、素手で触れば長年の相棒であるカードですら甘い香りを放つクッキーへと変じてしまった。

リビングに飾っているバラを触れば細い細工の飴になり、リモコンに触ればエクレアに、サングラスに触ればチョコレートへと転じていく。
夢の中のオズワルドは困るよりも先に楽しむことを優先した。
頭の何処かでは夢であることを理解していたので、別段気兼ねする必要もなかった。
個人的な好みでいえばお菓子全般よりもチョコレートが好きなので、そうならないかと念じてみると、程なくそういう能力になった。
時計を触っても、本を触っても、テーブルを触ってもそれらは艶の美しいチョコレートへと変わっていく。
試しに、チョコレートへと変わった本の端を齧ってみるとミルクチョコの甘い味が舌へと広がった。
流石にテーブルに齧りつくことはしなかったが、手に持った本の何ページかはオズワルドの口へと消えていった。

「―――君の好物はチョコレートではなかったか?」

珍しく話の途中で割り込んだジェネラルは、訝しがるように首を傾げながらそう言った。
確かにオズワルドの好物はチョコレートだ。それを裏付けるようにキッチンの棚にはチョコレートが常備されている。
一日にどれだけ消費しているのかは定かではないが、豊富な種類を取り揃えている棚を見る限り相当好きなのだろうと想像はつく。
だからこそ、それこそ『夢』のような能力を得られたのなら喜ぶのが筋ではないだろうか。
そんなことを考えながら確かめるように問えば、オズワルドはジェネラルの所作を真似るように首を傾げてみせる。

「ええ、そうですが」

あっさりと肯定され、ジェネラルはふむ、と呟くと顎に指を添えた。
触るだけで好物が手に入るのであれば手軽だと考えるのは軽率だったろうか。
ジェネラルはオズワルドを見下ろしながら疑問を口にした。

「ならば、歓迎すべき能力だと思うのだが」
「話には続きがあるんです」

続きを促され、オズワルドは小さく瞳を細めてみせた。
夢の中のオズワルドは、確かにその甘い能力を喜んだ。好みのチョコレートを探して店を訪ね歩くのも楽しいものだが、手軽に美味しい好物が手に入るのならそれに越したことはない。
暫くはこの能力で楽しめるだろう。なにより、これは『夢』の能力なのだ。
覚醒と共に必ず消える能力なのだから、楽しまないと損だろう。
オズワルドは笑みを深めながらチョコレートに口に運び、そこでふと窓の外を見た。
いつの間に時間が過ぎていたのか、外は宵闇に支配されており、夜の到来を告げていた。
今が何時だとか、そういった細かいことは分からなかったし、興味も湧かなかった。
それよりも、ああ、食事の用意をしなければ。という酷く生活感のある思考が過ぎる。
オズワルドは一枚ずつ丁寧に味わっていたチョコレートの蔵書をおくと、キッチンへと足を向けた。
今日は何を作ろうかと考えながら、とりあえず買い置きのジャガイモを手に取った。
手にしたジャガイモは特に芽も出ておらず、買ってすぐに泥だけ落としておいた為に傷みもない。
けれど、手に触れた感触はジャガイモのそれではなかった。
鼻腔を擽る芳香は甘く、手に伝わる感触はいつもよりずっと柔らかい。
試しに口に運んでみればやはり、ジャガイモもチョコレートへと転じていた。

さあ、困ってしまった。

食材すらチョコレートへと変わってしまうのであれば、料理など出来るはずもない。
とりあえず元ジャガイモのチョコレートは冷蔵庫へと仕舞っておくとして。
どうしたものかと首を傾げるも、そういえば手袋をしていれば変わらなかったはずだと思い出す。
リビングに置きっぱなしだった手袋を回収すると老いた両手を包み込み、もう一度ジャガイモを手にとってみた。
皮手袋に阻まれた不可思議な力はやはりジャガイモに作用せず、試しに匂いを嗅いでみても変化した様子はない。
その事実に安堵しながらも、オズワルドは密やかに眉を顰めて見せる。
きっと料理をしているうちに、手袋は汚れてしまうだろう。
手入れしているとはいえ、年季の入った革製品を余り濡らしたくはないのだが、背に腹は変えられない。
何はともあれ、とりあえず料理は出来るようになったのだから多くは望まない。
オズワルドは小さく肩を竦めると、早速料理に取り掛かる。
しかし、料理を始めて程なくして、玄関の扉が開く音が耳に届く。
次いで聞こえた声に、オズワルドは料理を中断して玄関へと向かった。
玄関にいたのは想像した通りの人物で、オズワルドは笑みを深めて労わりの言葉をかけた。
釣られるように笑みを浮かべたジェネラルは、僅かに身を屈めてオズワルドの唇に触れようとする。
何のことはない、いつもの帰宅の挨拶だ。けれど、オズワルドは一歩後ろに下がることでそれを回避した。
いつものオズワルドであればジェネラルの首に腕を回して懐きに行くのだが、今日は状況が異なった。

今のオズワルドは触れたものをチョコレートへと変えてしまうのだ。

そしてオズワルドには、『手』で触れたものが変わるのか、『触れた』ものが変わるのかの線引きを理解できていないのだ。
もしも『触れる』ものを変えてしまうのなら、どうあってもジェネラルに触れるわけにはいかない。
無論、そんなことを知る由もないジェネラルは分かり易く避けられて、小さく首を傾げて見せる。
オズワルドは自分が手にした能力を説明し、だから触れるわけにはいかないのだと言えば、ジェネラルは苦笑しながら納得してくれた。
そうして、困ったように笑いながら、こう言ったのだ。


君にとっては歓迎すべき能力だな―――と。


「―――…そうじゃないのか?」

隣に伸びているオズワルドに、再度そう問えば、抗議を多分に含んだ視線が突き刺さる。
その視線に僅かに怯むと、それを見咎めたようにオズワルドが上体を起こした。

「確かに、チョコレートは好きです」

頷き、肯定しながらもオズワルドは酷く不本意そうだった。
ジェネラルは抗議めく視線の意味を図りかねて困ったように眉を寄せた。
すると、オズワルドの腕がジェネラルへと伸びてくる。
条件反射のように細い腰に腕を回せば、互いの距離を埋めるように抱きつかれた。
今までシーツに熱を奪われ続けていたオズワルドの体温はジェネラルよりも低い。
湯冷めをしたのだろうかと、毛布を手探りで引き寄せると、拗ねたような声音が耳を打った。

「けれど、その為に閣下に触れられない上に触れて頂けないんですよ?」

ぴたり、と。
まるで時が止まったように、毛布を引き寄せようとしていた手が止まる。
それに気づいているのかいないのか、オズワルドは一層ジェネラルへと擦り寄り僅かの距離も許さないように身体を密着させてきた。

「―――…本当に、『歓迎すべき能力』とお思いですか?」

不貞腐れたような声が、本当に不本意さを醸し出していて、ジェネラルは心中で大きく白旗を振った。
漸く探り当てた毛布を引き寄せ、オズワルドの背に掛けながら、小さく顎を引いて皺の寄った眉間にキスを乗せる。
柔らかく当たる唇の感触にそっと瞼を下ろしながら、切なげな吐息が漏れた。ただの夢だとは理解している。
それでも、ジェネラルに触れられないこと、そして、ジェネラルに触れてもらえないことを歓迎すべき能力などとは絶対に思って欲しくはない。

「夢ではありますが、例え夢の中でも行動を制限されるのは不本意です」
「…すまない。軽率な発言だった」

拗ねてしまった恋人の機嫌を取るように、ジェネラルは細い身体を抱きしめた。
すらりと伸びた背を撫でて、閉じてしまった瞼に口付けを贈ると、そろり、と切れ長の瞳が開かれる。
下降していた機嫌が少しは上向いたのか、オズワルドは小さく笑んでジェネラルの肩に顎を乗せてきた。
そうされると、必然的にオズワルドの唇がジェネラルの耳元に近付く。
オズワルドはまるで内緒話をするかのように声を潜めて間近にある耳へと囁いた。

「…それで、こんな夢を見たのには、訳がありましてね?」
「心得ている。もちろん用意はしてあるが―――」

ジェネラルは枕元のアナログ時計を指差すと、悪戯を仕掛ける子どものような笑みを浮べた。
細められた青い瞳は楽しげで、至近距離のオズワルドは小さく胸を弾ませる。

「あと五分だけ待ちたまえ」
「―――閣下が触れて下さるのなら、待ちましょう」

オズワルドはちらりと時計に視線を飛ばした後、ジェネラルの首へと回した腕に力を込めた。
吐息が触れ合うほどの距離で互いの笑気を感じながら睦言のように囁くと、夢の中では得られなかったキスが降ってくる。
自覚はしていたが、やはり自分は相当な甘党なのだろう。
オズワルドはチョコレートよりも甘いキスに酔いながら、そんなことを考えた。


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