秘色の糸
!注意
ジェネラル×オズワルドで糖度の高いお話。
オズさんが軽く乙女なので注意。
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足早に訪れた冬は、冷たい北風を伴って街路樹の葉を浚っていく。
窓の向こうで茶色に変色した葉が高く舞うのを見やり、オズワルドは淹れたての紅茶をカップへと注ぎいれた。
「今夜も寒くなりそうですねぇ…」
やれやれ、と口には出さずに首を振ると、湯気の立つカップへとミルクを落とす。
冷えた指先を暖めるように両手で包み込み、細い息を吹きかけながらゆっくりと口腔へと招き入れた。
舌を灼くほど熱くはあるが、腹の中からじんわりと温かくなっていく。
オズワルドは小さく呼気を吐くと、少しばかりずれた膝掛けを直した。
その際、膝に乗せたままだった毛糸の玉がころり、と転がり、膝から離れていく。
咄嗟に片手を伸ばして掬い上げると、柔らかな感触が掌へと伝わってきた。
「危ない危ない」
オズワルドは楽しそうに微笑みながら、掌に落ちてきたグレーの毛糸玉に視線を落とした。
きっかけは、同居人の一言だった。
『―――…今日も寒くなりそうだな…』
声に、オズワルドは紅茶のポッドをテーブルへと置きながら視線を上げた。
視線の先では、ジェネラルの顔が窓へと向いていた。
その表情には、珍しいことに軽い不快感が浮かんでいる。
オズワルドも釣られるように視線を窓へと向けると、どんよりとした雲が広がって陽光を邪魔していた。
確かに、このままの状態であれば、そこまで気温も上がらないだろう。
街路樹を盛大に揺らす北風が猛攻を掛けているなら尚更だ。
オズワルドは視線をジェネラルへと戻して口を開いた。
『冬は嫌いですか?』
『嫌いではないが、寒いと動きが鈍るから困る』
冬季、しかも屋外会場でのトーナメントでも余すことなくやんちゃっぷりを披露しているのを見ていたオズワルドは声に出さずに苦笑する。
あれで動きが鈍っているんですか、閣下。と心中で突っ込みを入れるも、
眉間に僅かな皺を刻んでいるのを見てしまえば、単純に寒いのが苦手なのだろうと想像がついた。
『でしたら、コートをご用意しましょうか』
朝食前に目を通した新聞には、真冬日という言葉が踊っていた。
鍛えられた体躯を持つジェネラルは体温が高いものの、寒いのが苦手ならば辛い日だろう。
しかも、早朝からトーナメントへの出場が決まっている。
あと小一時間もしたら出かけなければならない片割れを気遣うと、短い沈黙の後、首肯された。
その様子が酷く可愛らしく、片手で口元を隠して笑気を漏らす。
『手袋も冬用を出しておきますね』
『……すまない』
照れくさそうに言ったジェネラルに、オズワルドは温かい紅茶を入れて笑みを深めた。
その後、朝食を済ませ、オズワルドが用意したコートと手袋を装備したジェネラルは、足早に会場へと向かって行った。
寒そうな背中を見送りながら、完璧な恋人に対するささやかなサプライズは立案され、オズワルドの中で決行された。
仕事は休日、トーナメントの出場もなく、何の予定も用事もないオズワルドは、ジェネラルの姿が見えなくなるとすぐさまコートを羽織り、家を出た。
北国出身のオズワルドには見慣れて、なおかつ身近なものを買い込むと、そのまま真っ直ぐに帰宅して、今へと至る。
「―――意外と覚えているものですね…」
呟きは、紅茶の湯気を僅かに揺らして室内へと消える。
オズワルドが、毛糸を長い指へと掛けて、慣れた手つきで編んでいるのはマフラーだった。
趣味の一環としてやってた時期もあるものの、最近はボトルシップの方へ興味が移ってしまい、針と毛糸を弄るのは久しぶりだった。
けれど、手つきはそんなタイムラグを感じさせず、何の迷いもなく毛糸をマフラーへと変えていく。
明るい色合いのグレーの毛糸は、絶妙な力加減で編まれていて見た目にも温かさが伝わってくるようだ。
最初は代名詞とも言える緑にしようかとも思ったのだが、色が埋もれてしまうのは残念なので却下した。
次いで候補として上がったのは黒だが、どうにも色が重過ぎる。
熟考の果てに買ってきた毛糸は、温かみのある明るいグレー。
軍の支給品であるアーミーコートを羽織るジェネラルにも、きっと似合う色だと確信を持って選び取った。
「……コートと手袋だけでは、寒いですしね」
ふふ、と小さく笑みを零して、オズワルドは二つ目の毛糸玉を手に取った。
一目見て手作りだと分かるものでは面白くないし、何よりも軍で上位に位置するジェネラルに贈るのも憚られる。
別段、ジェネラルがそういったことを気にする性質だとは思っていないのだが、大切な恋人に贈るなら、周囲が既製品だと見紛うばかりの完璧なものを贈りたい。
そんな感情と、元からあった凝り性が疼き出してしまい、オズワルドは作業に没頭していった。
日が暮れ、辺りが夜に支配されて一層冷え込んできた時間帯に、玄関から扉を開く音が聞こえた。
オズワルドはその音を合図にコンロの火を落とすと、笑みを浮かべた。
朝から製作を開始したマフラーは、夕暮れ前に完成した。
安楽椅子は片付け、マフラーも隠して、後は然るべきときにジェネラルへと贈るだけ。
オズワルドは、マフラーを渡したときのジェネラルの表情を想像しながら、小さく微笑むと、出迎える為に玄関へと向かった。
視線の先には朝見た格好のジェネラルがブーツを脱いでいるところだった。
緩んでいる頬を片手で押さえ、軽くなる足取りを嗜めると、不自然にならないように注意を払いながら口を開いた。
「お帰りなさい、閣……」
しかし、出迎えの声は途中で不自然に途切れてしまった。
「ああ。ただいま、オズワルド」
出迎えに微笑むジェネラルは朝見た顔となんら変わらない。
ジェネラルの首元を守るようにして巻かれたマフラーだけが、朝との唯一の相違点だった。
暖かそうなブラウンのマフラーは、ジェネラルに良く似合っていた。
それが今日でなければ、お似合いですね。と相貌を崩しただろうと、オズワルドは何処か遠くで考えた。
同時に、先走ってマフラーを編んだ自分に激しい羞恥を感じてしまう。
朝には名案だと舞い上がっていたが、考えてみれば年若い女性がするならまだしも、老年の男が何を。と、今ならながらに後悔がオズワルドを襲う。
オズワルドは強張りそうになる頬を笑みの形に緩ませると、手を伸ばしてコートを受け取った。
「今日も遅くまでお疲れ様でした。寒かったでしょう?」
「いや、流石にここまで防寒していれば、そこまででもなかったぞ」
ジェネラルの指はコートを指していたが、オズワルドの視線はマフラーへと向いてしまう。
そうでしょうね。と、棘のある言葉が出てくる前に、オズワルドは小さく微笑んだ。
「良い色のマフラーですね」
「明日はもっと寒くなると聞いてな。帰りがけに買ってきてしまった」
情けない、と笑うジェネラルに、オズワルドも自然な笑みを零した。
誰かからの贈り物でなかった、という事実だけでも、心はいくらか救われる。
コートを片腕に掛けて、マフラーと手袋も回収すると、冷たい唇が降ってくる。
口付けを受け、オズワルドはジェネラルはリビングへと誘った。
「食事の用意は出来てますよ。今夜は寒いので、ビーフシチューにしてみました」
「ありがたい」
「コートを掛けてきますから、先に行っててくださいね」
軽くジェネラルの背を押して、オズワルドは寝室へと向かう。
ちらり、と肩越しに後ろを伺えば、ジェネラルはリビングへと足を向けていた。
オズワルドは音もなく息を吐くと、寝室の扉を開いた。
空調を切っていた為、ひんやりとした冷気が足元から上がってくる。
長居は無用とばかりにクローゼットを開いてハンガーにコートを吊るした。
ジェネラルも疲れているのだから、早めに夕食にしようと踵を返しかけるが、視線はクローゼットの底へと向いてしまう。
「…………」
片膝を付いて、クローゼットの底に置いてある箱を取り出すと、蓋を開ける。
中には今日一日掛けて作ったマフラーが畳まれて入っていた。
暖かそうだと選んだ色は、薄暗い中で見ると寒々しい色に見えた。
微かにオズワルドの胸が軋んで痛みを覚える。
「―――…」
小さく溜息をつくと、変わりに冷気が肺を満たして小さく咽た。
捨ててしまうのも勿体ない気もするが、ジェネラルにと作ったものを自分で使うのも嫌だった。
かと言って、妙なところで聡いジェネラルのことだから、このまま仕舞っていれば近いうちに必ず露見してしまう。
そうすれば、ジェネラルは自分を責めるだろう。優しい、不器用な人だから。
オズワルドが勝手にやったことで、ジェネラルにそんな気持ちを味合わせたくなかった。
「……やれやれ…しゃんとしなくては」
正直、気持ちは随分沈んでいる。
今日一日、渡したときの顔を楽しみにしながら編んで、結局渡せられなかったのだから、当たり前のことだ。
そう認めながら、それでも情けない顔を見せて気取られる訳にもいかない。
オズワルドは箱に蓋をすると、今まで置いていた場所よりも奥へと箱を隠した。
帽子を入れてある箱を上に乗せて、更に隠すと、ゆっくりと立ち上がる。
名残惜しげにクローゼットの戸に手を掛けると、不意に寝室の扉が開いた。
「オズワルド、」
ばたん。
声を掛けられた瞬間、オズワルドは咄嗟にクローゼットの戸を閉めた。
その音は静かな寝室に大きく響き、ジェネラルの目が丸くなる。
オズワルドは露骨な所作を誤魔化すように笑みを浮かべると、首を傾げて見せた。
「何でしょう、閣下?」
「…バケットナイフが見当たらないんだが」
「ああ、仕舞う場所を変えましたからね」
言って、ジェネラルの肩を軽く押してリビングへと進もうと試みる。
オズワルドとしては、リビングに行くというよりも、寝室から距離を取りたかった。
けれど、ジェネラルはそれを良しとせず、オズワルドの細い顎を手に取って視線を合わせてきた。
青い瞳がオズワルドの瞳を覗き込んでくると、心臓が跳ねる。
「…閣下?」
「何を隠した?」
「クローゼットに閣下のコートを仕舞っただけですが…?」
「ほう?」
何かある、と確信を持って問うてくる青い瞳から、何のことだか分からない、という体裁を作って逃げを打つ。
これで騙せた例はないのだが、騙されてくれたことなら何度かあった。
勝率の低い綱渡りだと自覚しながら、ポーカーフェイスを駆使して全力で知らばっくれる。
「食事が冷めてしまいますよ」
「それは困るな」
「でしょう?なら…」
「けれど、このまま疑問を残しておくのも性に合わん」
つい、と、青い瞳が細くなる。どうやら、今回は騙されてくれる気はないらしい。
オズワルドは心外だと言わんばかりに、眉間に皺を寄せて見せた。
「私の言葉が信用ならないとでも仰いますか」
「貴方を信頼しているのと同じくらい、自分の感覚も信用しているだけだ」
「閣下、」
尚も不毛な口論を続けようとするオズワルドの唇に、ジェネラルの指が当る。
言葉を封じるように人差し指を立てられ、思わずオズワルドの言葉が詰まる。
恨めしそうに見上げるオズワルドの額に取り成すようにキスを落とすと、ジェネラルが寝室に足を踏み入れた。
止めなければお互いに気まずい思いをすると理解していながら、結局オズワルドはジェネラルに負けてしまう。
ジェネラルの意向や意思を跳ね除けることが如何しても出来ないのは、惚れた弱みだと額を押さえた。
視界を狭めているオズワルドの背後で、クローゼットの戸が静かに響く。
出来れば、そのまま何の変わりのない中身に満足してくれないだろうかと視線を背後へ送る。
だが、職業軍人だけあって記憶力は相当なものらしく、朝は無かった箱をあっさり見つけて引きずり出しているのが見えた。
そのまま頭を抱えて膝を着かなかったのはオズワルドの掻き集めた矜持の賜物だ。
ぱかり、と忌々しいほど軽い音がして蓋が取られた。
「…………自分用です……」
瞼を下ろして言った言葉は、誰が聞いても嘘だと分かる弱弱しい声をしていた。
オズワルドは居た堪れなさから寝室の扉に手を掛けた。
けれど、次の瞬間には強い引力で引き寄せられて後ろへと倒れこむ。
無様に床に引っ繰り返ることはなかったものの、厚い胸板を背中に感じて全身が熱くなった。
「私の分はないのか?」
「ありません」
弾んだ声に羞恥が煽られ、視線を床へと捨てながらぴしゃりと言い放つ。
肩に顎を乗せられ、熱い吐息が耳を擽ってくるのが堪らない。
隠し場所をもっと凝った場所にすべきだったと、盛大な後悔に見舞われながら身を捩る。
けれど、それを押さえつけるように強く抱き竦められて、僅かの動きも制限されてしまった。
「―――…すまない」
「…知りません」
耳を打つ謝罪にそっぽを向いたオズワルドに、ジェネラルは小さく笑って、赤く染まった首筋にキスをした。
ブラウンのマフラーで首筋を隠すオズワルドと、グレーのマフラーを機嫌良さそうに身に付けるジェネラルが
各所で目撃されることになるのは、そんな寒い日の翌日以降のことである。