M25 ただの物置。

だんだん強く



!注意

ジェネラル×オズワルドでオズさんが現役暗殺者設定。
妄想捏造分が色濃いので注意。


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いつの頃からか、オズワルドの手は真っ赤な血で染まっていた。
手袋を嵌めたのは、指先の保護ではなく、あまりに赤くなった掌を隠すためだった。
一歩動けば血の匂いが鼻腔を擽る。
慣れてしまったオズワルドには血臭と体臭の区別など付かなかったが、 自分が汚れきっていることだけは理解していた。
闇の世界に身を沈めすぎて、死を振舞うことすら何の感慨も得られない。
ただの仕事と割り切り、完璧なまでに依頼を遂行することでのみ、自らの存在意義を見出して生きる。
暗闇で命を刈り取る仕事は天職であるかようにオズワルドの名声を押し上げていく。
一線で何十年も他者の命を摘んで、手袋も赤く染まり、黒く変色した。

とある組織から多額の報酬を詰まれて、将軍の名を持つ軍人を暗殺するよう依頼を受けたのはそんな頃だった。
オズワルドと同じく一線に立ち続け、表舞台で命を刈り続けた軍属の人間。
裏と表の違いこそあれ、オズワルドも闇に生きる一人として、その噂はかねがね聞き及んでいた。
完璧な戦士と評される絶対的な強さも、ティータイムを忘れない余裕も、誉れ高い人格も、その筋では有名な話だった。
持ちかけられたときは仕留められるだろうか、と考えたが、老いた自分の力を試したくもあった。
失敗すれば、命はないだろうが、断るにしては大口の依頼。
昔取った杵柄なれど、断れば今度は仕事の生命線が細くなる。
それでも、結果的に引き受けたのは、そういった損得や建前ではなく、 オズワルドが紳士の顔の裏に隠し持つ好奇心が占めるところが大きかった。






床が見える。
金属で出来ているのか、別のもので出来ているのかはわからないが、無機質で冷たい床だ。
押し付けているオズワルドの頬を伝い、自身の身体から生まれた緋色が流れていく。
こめかみがやけに熱いので、そこから出血しているのだろう。
チラ、と眼球だけを動かせば、離れた場所で割れたサングラスが落ちていた。
おかげで視界は鮮明だが、身体は絶え間なく痛みを訴える。
落ちた腕は、腕どころか指先すら持ち上がらない。
肋骨の二、三本は折れていても不思議ではない。
更に視線を動かせば、よく磨かれた軍靴が見えた。
視界を上にずらそうとして、首を僅かに持ち上げると嫌な音が肩から聞こえる。
こちらは折れていないが、外れているのかもしれない。
こんなに満身創痍だというのに、こんな目に合わせてくれた最強の尖兵は、 優雅にも肩についた埃を指先で軽く払っていた。
皮肉の一つでも言いたくなって、口を開いたが喉に血塊が詰まって咳き込んだ。
折れた肋骨に程よく響いて、老体には厳しい激痛が駆け巡る。
その様を見ていたのか、低音の笑い声がオズワルドの鼓膜を擽った。

「老人が戦いとは感心しませんな、最近の暗殺者はやんちゃで困る」

舌打ちしそうになる剣呑な本質をグッとこらえて、重い瞼をゆっくり伏せ、 静かに息を吐き出すと努めて穏やかな声を返す。

「――…暗殺などと言うのは、……元からやんちゃなものだと思いますが」

険悪な色を眼差しに乗せて、青い瞳を覗き込むと、ジェネラルは楽しげに唇を歪ませて笑った。
乱れもしていない軍帽の縁を摘んで、被りなおすと失礼、と呟いてオズワルドに向き直る。

「暗殺か……、紳士な君には似つかわしくないな」
「―――…おや、私をご存知でしたか」
「君は軍部でも有名人だからな」

血が足りない頭で、貴方ほどでは、と相槌を打つも、 “有名な”暗殺者だと言い切られたオズワルドがそれを言葉に変えることは出来なかった。
せめて肩を竦める振りをして、スーツの肩で床をなじる。

「煩わしい虫は払っておきますか?」

オズワルドは不意にジェネラルへ問いかけた。
おそらく処分されるのだろうなと漠然と考えながらも、ジェネラルの答えが気になる。
しかし、意外にもジェネラルは首を左右に振った。
オズワルドの瞳に明らかな疑問の色が走る。

「私は無益な殺生はしない、医者を呼んでやるから帰りたまえ」

更に念を押すように告げられて、オズワルドは切れ長の瞳を見開いた。
見逃すだけなら未だしも、医者まで呼ばれるとは流石に考えていなかった。
けれど、直ぐに驚きは別の感情に摩り替わり、視線を更に冷たいものに変える。

「………それは、私にとって生き恥を晒すことだとは思いませんか?」
「君の言い分はもっともだが、依頼を遂行せずに舌を噛むほど慎ましくあるまい」
「…………」

確かに、プロを貫くならこの手の矜持は捨てなければいけない。
失敗の一つ二つで舌を噛んでいては、この年まで現役の暗殺者ではいられなかっただろう。
何もかも、パーフェクトなジェネラルに見透かされている気がして居心地が悪い。
そんな意思を込めて、片眉を顰めるとジェネラルの喉が緩やかに揺れる。
低い笑い声は余裕ある勝者のそれだ。

「ポーカーフェイスも結構だが、君は目を隠していないほうが良い」
「私に、……道化になれとおっしゃいますか?」

裸眼では人相の悪さが露呈するため、サングラスは大切な商売道具だ。
まるでそれすら否定されたようで、オズワルドはジリ、と身を捩る。
明らかに敵意を増したオズワルドにジェネラルは、少し考えてから顎に手を当て、口を開いた。

「いいや、―――…単なる私の好みだ」

告げられた瞬間、意味を把握できなかった。
意外な言葉に、ポカンと薄く唇を開いてしまう。
聞き間違いかとも思ったが、生憎オズワルドの五感は正常だ。
おかげで続いた洋々とした声はやけにクリアに聞こえた。

「それに、私はこれからティータイムなのでね。失礼させてもらうよ」

高らかに響く軍靴の音色をBGMに言われた言葉の意味を考える。
オズワルドにとっては駆け寄ってくる白衣の男すら、意識の外へ追いやるほど、不可解な言葉だった。






紅茶の香りがする。甘く、爽やかな淹れたての紅茶の香りが。
幾度か嗅いだことのあるその香りは、己が淹れるものとは違う。
記憶にはあるが、それが何のものであるのか、誰から香っていたのか、よく思い出せない。
いや、思い出せないはずはない。現に今も微かながらオズワルドの鼻腔を擽っている。
薄暗い室内で、一瞬気を失っていたオズワルドは聞き覚えのある低音に起こされた。

「君も懲りないな」
「………、……年を取るとしつこくなるものですよ」

最初の会話はうつ伏せだったが、今回は仰向けだ。
目の前が真っ白になって宙を舞ったところまでは覚えているが、それ以降の記憶がない。
無論、着地した覚えもないからこんなに無様に倒れているのだろう。
幾度か目を瞬いて、やはり何処かへ吹き飛んでしまったサングラスを視線で探す。
きっと今回も修復不可能なほどに壊れているのだろう。
これで通算七度目の失敗だ。サングラスも六回買い換えた。
いや、今回も買い換えることになるだろうから、七回目になるだろう。
仕事中、休暇中、任務中、と正当な手順を踏んで、今回は休息中を襲った。
軍内に宛がわれたのだろう建物の最上階を居住区として使っているという情報を仕入れたのだ。
進入までは容易かったが、やはり仕留める段階になると難易度が跳ね上がる。
簡素で四角い部屋で眠るジェネラルは何時もの軍服ではなく、 支給品かもしれない白いシャツを羽織った軽装だった。
油断はしていたと思うが、それでも仕留め切れなかったのだ。
足音を殺し、近づいたはずなのに、後一歩のところで間髪入れず投げられた。
その後は六度あることは七度ある、――推して知るべしである。

「……そんなに浅い睡眠では、逆に疲れるでしょう」
「君にとやかく言われる義理は無いと思うが」

少しばかりよれたシャツを直して、寝台に戻るジェネラルが笑った気配を感じた。
ジェネラルは白いシーツの上に足を組んで座り、手元のスタンドライトに明かりを灯す。
そこでようやく、白いシャツ以外も認識できるようになった。
ラフな軽装に下ろした金髪、何時も見る厳粛とした姿とは一線を画している。

「私はそれなりに休んでいますよ」
「そうだな…、それでは君を待っていたとでも言おうか」
「閣下にしては分かりやすいブラフですね」

皮肉を込めて閣下などと呼んでみても、密やかな笑い声にあしらわれるだけだ。
オズワルドは僅かな明かりの中でも、こちらを見ているジェネラルと視線を合わせた。

「やはり、罠でしたか」
「いいや、君の知り合いの腕が良いだけだろう」

軍事機密であるはずの内部情報、胡散臭さはこれ上ないほどあったが、 無視することが出来るほど、オズワルドにも手段が残されていなかった。
まるで若い頃のように思い切ったことをしたものだ、と思いながらも、 そろそろ、使えそうなカードが尽きてきたのは事実だ。
どれがジェネラルにとってのジョーカーなのか分からないまま、 ポーカーフェイスと経験だけを盾に駆け引きをする。
今ではその綱渡りに若干の興奮を覚えてしまっていた。
自覚したくはないが、ジェネラルに逢うことが段々と楽しみになってきている証拠だ。

「閣下は随分と物好きですね」
「君ほどではない」
「ご謙遜を」
「私が君の立場ならそろそろ依頼を断るな」

顎を引いて笑うジェネラルは額に掛かった金髪を自らの掌で撫で付けた。
確かにオズワルドとジェネラルの間には絶対的な力量差がある。
だが、不意さえ突ければジェネラルを仕留めることが出来ないわけではない。
ジェネラルは常に前線へと配属される尖兵だが、オズワルドは夜の深さの中で命を刈り取る暗殺者なのだ。
それでも仕留め切れないのは、オズワルドが自分の力を過信しているのではなく、ジェネラルが油断してくれないだけだろう。
常に真っ向勝負に持ち込まれては手も足も出せず、今回と同じく叩きのめされるだけだ。

「―――…そう、出来れば簡単なのですがね」
「難しいことなのか?」
「私の手は血だらけですから」

さらりと返して、自分の言葉に思った以上のダメージを受ける。
こうして呑気に会話をしているジェネラルも、本来はターゲットの一人でしかない。
行く行くはどちらかが死の洗礼を受けねばならない。
しかし、ジェネラルはまたも楽しそうに笑って喉を震わせた。
闊達な笑い声は密やかだが、よく響く。

「――…私は手と言わず、全身傷だらけだぞ」

手にかけた命の数だけならジェネラルの方が上だろう。
ジェネラルは単に事実を口にしただけだろうが、オズワルドは胸が詰まった気がした。
力だけでなく、精神面でもジェネラルはパーフェクトな戦士なのだ。
おかげで血だらけの手で、傷だらけの手に触れて良いような気になってしまう。
妙な感傷を抱えてしまったオズワルドは自らを取り戻すために頭を緩々と振って、世間話に少しだけ揶揄を混ぜる。

「……今日は医者を呼んではくれないのですか?」
「随分、手加減をしたつもりだが」
「そうですか、それにしては―――」

まるで、心臓を直接弄られたかのように疼くのだが。
到底、言葉に出来ないことを続けそうになって、オズワルドは語尾を濁した。
オズワルドが語尾を四散させたためか、二人の間に沈黙が落ちる。
その沈黙に耐え切れず、オズワルドは重力に任せて瞼を下ろす。
このまま気を失ってしまうのも良いかもしれない、とオズワルドの視界が闇に閉ざされた時、ジェネラルの気配が動いた。
寝台から腰を上げたのか、スプリングが僅かに軋む音色が室内に響く。
静かな足音が鼓膜を数度打ち、ジェネラルの声がすぐ傍から聞こえた。

「オズ、」

それは意外にも、さながら十年来の友人へ呼びかけるような気安い声色だった。
落としていた瞼を重たそうに少しだけ持ち上げると、つるりとした材質の天井が視界に入る。
その前にはジェネラルの姿があった。
ジェネラルはオズワルドの傍らに立っていて、殺意は何時もどおり感じられない。
そういえば、最初に負けときから、ジェネラルに対して恐怖というものを感じていなかったことに気付く。
自嘲気味に片眉を震わせて、続きを促すようにジェネラルの青い瞳を覗き込んだ。

「……今日はカップを二つ用意してある。起きられたら、一緒に如何だね?」
「…………」

返答に窮する。
不快感からではない、胸が締め付けられるほど痛んだからだ。
せめてもの矜持で眉間に皺を刻んでみるも、自分の顔を想像すれば、 今にも泣きそうな、情けない顔をしているのではないだろうかと思う。

「……私は暗殺者ですが」
「殺人鬼ではないだろう、目を見れば分かる。君は無害だ」
「命を狙っている相手に、そう言われると、ちょっと傷つくんですがねぇ…」

茶化すように相槌を打つが、語尾が微かに震えてしまった。
そして、ジェネラルはそれを見逃すような相手ではない。
何事か紡ごうとして、ジェネラルが薄く唇を開いたのを見て、遮るように言葉を吐き出した。

「閣下、ミルクはありますか?」
「今日はダージリンの予定だが……」

最高級のマスカテルを孕む茶葉は、ミルクのまろやかさが混じると香りが壊れてしまう。
香りも味も繊細な琥珀色は、白が混じることすら許さない。
けれど、ジェネラルはゆっくりと唇を円弧に描き、笑みを湛えながら続きを口にした。

「――…今度、貴方が来るときはアッサムを用意しておこう」

アッサムの色は濃紅、コクの深い茶葉はミルクと合わさると最上のミルクティーに変わる。
オズワルドの好みを尊重しながら、笑って差し出された掌は何時もの手袋を纏ったものでなく、素手だった。
本人の言葉を裏付けるようにジェネラルの手は大小様々な傷が走っている。
指が五本揃っているのは奇跡なのか、それこそ最強と謳われる理由なのかは分からない。
何の躊躇いもなく差し出されたままの掌をジッと見やり、オズワルドは重い腕を持ち上げる。
その手に己の手を重ねようとして、ふと思いとどまり、自らの赤い手を隠す手袋をゆっくりと外す。
赤い赤いと思っていた掌は、ジェネラルを前にして見れば、年老いていたが、日焼けのない唯人の掌だった。
まるで人の手のようだ、とぼんやり考えながら、ジェネラルの掌に重ねる。
触れた場所から体温が伝わり、オズワルドが抱えていた闇をじんわりと暖めていく。

「君はそろそろ引退すべきだな」

身体に負担を掛けぬように引かれ、節々で細かい痛みを覚える痩躯を起こした。
ふらつかなようにしっかりとジェネラルの手を握って。
重力に逆らう力強さに身を任せ、まるでどろりとした闇の中から引きずり出される錯覚に陥る。

「殺し屋の手にしては、温すぎる」

それは貴方の手が暖かいからでしょう、と云う本音は言葉にならなかった。
グッと喉が詰まって、息も注げないほど、心音が高く跳ねたのだ。
痛みを堪える振りをしながら、細く長い息を吐き出すと、目元に指先を宛がいながら、 まったくもって素直でない皮肉交じりの揶揄を吐く。

「確かに貴方に負け続けていれば、やがて廃業でしょうね」
「そうなる時を心待ちにしているよ、―――オズワルド」

ジェネラルはその言葉にすら笑って軽い声を返してきた。
耳に滑り込んでくるジェネラルの低音が心地よく、オズワルドは身体から力を抜く。
真正面から見たジェネラルは、最強の尖兵と謳われる苛烈で厳しいものでなく、 穏やかで、オズワルドを労わるような目をしていた。
手を繋いでいる場所から、汚れが落ちていくとは到底思わない。
けれど、伝わってくるぬくもりは、オズワルドが今まで感じたことのないものだった。

ただ、それ以上の確信を以って、初めてジェネラルと飲むだろう紅茶の味を、 オズワルドは生涯忘れることは無いと、強く思った。






あれから数度、ジェネラルの暗殺を試みてみたが、結果は一番初めと変わらなかった。
変わったのは、ジェネラルの手加減が堂に入ってきたことと、 最後に二人でティータイムを楽しむようになったことだった。
ダージリンに、アッサム、ニルギリにセイロン、アールグレイ、手を変え、品を変え、 暗殺者とターゲットの不思議な関係を保ったまま、ティータイムを楽しんだ。
それが可笑しいことだとは理解していたが、だんだんと居心地が良くなってくるのだから現金なものだった。
数十分前に殺そうとした相手と、同じ席で紅茶を飲むことに徐々に慣れていく。
会話らしい会話は交わさなかったが、お互いに相手を牽制していると言うよりも、 言葉を持ち入らずに、穏やかな時間を共有できると言う理由の方が大きかった。
慣れ親しんでいくというよりも、絆されていく感覚に近い。

「ところで、オズワルド」
「―――…はい?」

不意に声をかけられて、ウバのメンソール・フレーバーを飲み込んでから応じた。
ゴールデン・リングを湛えるカップをソーサーに戻し、オズワルドは軽く首を捻ってみせる。
毎度ながら一戦やらかした後なのでオズワルドのスーツは若干皺が寄っていたが、 回数を重ねるごとに致命傷も出血も減り、一見、気の置けない友人同士にも見えた。
サングラスの買い替え記録も七回で止まったままだ。
オズワルドが促すと、ジェネラルは言葉を選ぶような沈黙を挟んでから、 疑問の色を隠さずに顔に乗せ、青い瞳にオズワルドを映した。

「……何故、今日も来たのだろうか」

ジェネラルの言葉に、特に驚きもしなかった。
ソーサーからカップを持ち上げ、花のように甘い香気で喉を潤し、何食わぬ顔で頭を振る。

「………ご存知でしたか」

ジェネラルが知らないはずはないと思ってはいた。
つい三日前、ジェネラル暗殺をオズワルドに依頼したクライアントの組織が壊滅したのだ。
無論、ジェネラルの属する軍部の仕業だった。
元から危険因子として視野に入れていたのだろう手際の良さで、残党も残らず壊滅させていた。
本国直下である武装部隊が丁寧に食い殺したのだ、おかげでオズワルドへの依頼も宙ぶらりんとなった。
いや、むしろ、軍部に睨まれていたからこそ、背水の陣としてオズワルドへ暗殺を依頼してきたのかもしれない。
その辺りの事情はオズワルドのあずかり知るところではない、目の前にいる尖兵の方が詳しいだろう。
だが、そんなことに然したる興味は湧かない。
クライアントが消滅しても尚、ターゲットを狙うほど愚直ではなかったし、 現実的なことを言えば、前金は既に口座に振り込まれている。
更に云えば、自分にジェネラルが殺せるとは到底思えなかった。
実力の面から見ても、――――心情的な面から見ても。

「知っていたのに、今日も真っ向から投げてくださるとは流石、閣下ですね」
「…………」

珍しくジェネラルが黙って紅茶を啜った。
クライアントと音信不通になってから今日で三日、おそらく依頼は立ち消えたのだろうと想像が付いたが、 オズワルドはそれでもジェネラルの元へと足を運んだ。
ジェネラルも当然のように、暗殺者を撃退し、今こうして茶を共にしている。
元々歪だったティータイムに更なる歪みが生まれた気がした。
押し黙ってしまったジェネラルを一度見やってから、隠すように口腔で深呼吸をし、 静かに加速し始める心臓に理性と言う名の重石を落とす。
あらかじめ用意してきた言葉を、声が震えぬように細心の注意を払いながら紡いだ。

「閣下に会いに来た、と言うのが一番近いかもしれません」

事も無げに告げた後は、カップで口元を隠す。
視線はジェネラルの反応を伺うように盗み見る形になる。
ジェネラルは意外そうな顔を刹那だけ露わにして、ふむ。と声を出しながら顎を撫でた。

「……貴方にしては分かりやすいブラフだと笑うべきかな?」
「いいえ、私が切ったのはジョーカーのつもりですから」

これもしれっと言ってみせる。
もしや、本当にブラフだと思われていたりはしないだろうが、 こんな出来損ないのポーカーフェイスを無理やり作るのは何年ぶりだろうか。
言葉以上の勇気を以ってジェネラルに差し出したのは確かにオズワルドのジョーカー(切り札)だった。
自分の手がどれだけ赤いか知りながらも、傷だらけの手に触れたくなったのだ。
傷だらけの指を包み込み、ジェネラルの齎してくれる体温と同じものを返したいと。
ジェネラルがカップをソーサーに置いて、腕を組む。
何事か考えるように顎を引いて、小さい唸り声を上げたので、思わず冗談ですよ。と喉まで出かける。
例え踏み込まずとも、ターゲットと暗殺者としての関係が消えた現状、冗談にしても何も変わらない。
それでも、ジェネラルを悩ませているのだと自覚すれば唇の裏を噛み切りたくなった。
そんな葛藤を顔に出さぬよう、面白みのないポーカーフェイスを貼り付けていたら、 ジェネラルがゆっくりと低い声で、困ったような声を出した。

「私はな――、長年荒事ばかりに携わってきて、こういった時、なんと返せば良いか知らないんだ」
「パーフェクト・ソルジャーともあろう、貴方が何を弱気に」
「茶化さないでくれ、オズワルド。今、口説き文句に頭を捻っているところだ」
「―――――」

オズワルドは確かに言葉を失った。
サングラスで隠している瞳は大きく見開いて、唇も薄く開いてしまう。
ポーカーフェイスなど、もう作ってはいられなかった。
じわりと眼窩が熱くなった気がして、ハッと我に返るとソーサーごとカップをテーブルに戻す。
出来るだけ無駄な動作を間に挟んで、己を落ち着けながら、吐息のような呼気を漏らした。

「―――奇遇ですね。私も、………クライアントと連絡が取れなくなってからそればかりを考えていました」

いささか早口で言い切ると、ジェネラルが伏せた視界の端で笑った。
音も無い、穏やかな微笑だった。
その笑みを真っ直ぐに見つめたくて、奥歯を軽く噛んでから下がっていた視線を持ち上げる。

「ショウ・ダウンかな、………いや、これからゲーム・スタートか?」

芝居がかって口にするジェネラルはどこか楽しげだ。
オズワルドは眦の熱を笑みに変えて、小さく笑気を添える。
サングラスに指を掛けると、ゆっくりと引き抜いて自分も裸眼を晒す。
やはり、ジェネラルは直に見たほうが良い。

「………ここで一度、お互いの手札を明かしてみるのは如何でしょう」
「明かすまでもないな、最初から貴方の勝ちは決まっている」
「チップよりも欲しいものが出来たので、勝てるかどうかはまだ分かりません」

こみ上げてくる感情に負けて、引き分けの見えている勝負を茶化す。
カタ、と静かにサングラスをカップの隣に置くと、ジェネラルの手がテーブルを越えて伸びてくる。
あの時と同じ、傷だらけの暖かい掌だ。
そっと、オズワルドの頬に触れながら、ジェネラルは椅子から腰を持ち上げる。

「貴方になら負けても良いと言ったんだ」

唆すように間近で告げられて、今度こそ誤魔化しきれないほどの熱が眦を襲った。
こんな至近距離で、サングラスも外してしまった後では、こちらも白旗を揚げたも同然だろう。
どんどん熱くなっていく頬を包み込むジェネラルの手に僅かに頬を寄せ、オズワルドは観念したように瞼を閉じた。

「―――…まずは、キスからはじめてみようか?」
「私に否があると思いますか、」

閣下、と続けるより早く、乾いた唇が重なる。
ちゅ、と吸われて広がるのは甘い甘い紅茶の味わい。

今まで感じたこともないような、たまらない幸福に満たされながら、 オズワルドは手持ちのカードを全部空に向かって投げ出した。




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