Cry Me to the Moon
!注意
グスタフ(→)←ユウキで本番はないけどR18話。
ユウキが報われない話なので、片思いENDが苦手な人は注意。
あとグスタフさんが酷い人で広島弁がうそっぱち。
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銀色の二重のフィルムが掛かったワインを片手にユウキは玄関のインターフォンを押した。
ユウキの借りているアパートに響く安っぽい音色とは違い、耳に心地良い音色が来訪を知らせる。
高鳴る胸を誤魔化すように、首元のスカーフを軽く直して、前髪を指で梳く。
「やっぱ、髪切ってくりゃ良かったかな」
顎を引きながら視線を持ち上げて、指先で前髪を少し摘むと今更なことを思う。
一流エージェントを謳うユウキも忙しい身なれど、久々のデートならば格好を付けたくもある。
「グスタフさんは忙しそうだけど、何時もきちんとしてるよなぁ…」
独り言を漏らしつつ、デート相手にして訪れた部屋の主のことを思い出しながらポツリと漏らす。
忙しさで言えば、人に使われる側のユウキよりも、人を使っている側のグスタフの方が忙しい筈なのに。
隙のない佇まいを脳裏に思い描くだけで頬が熱くなる。
堪らなく格好良くて、ダンディでスタイリッシュな大人の男。
ユウキがグスタフと同じ年になったら、ああなれるかと言えば答えは否だろう。
「お前は20年経っても変わりそうにないからな」
「!?」
「いつも勝手に上がっていいと言っているだろう」
「……グスタフさんこそ、気配殺して近づかないでくださいよ」
「顔から頭の中を読むのは良いのか」
クッと口角を持ち上げてからかうグスタフの顔は酷く大人の色を放っていた。
縦長の瞳孔は茶化す時にキラリと光る。まるで捕えた獲物で遊ぶように。
「それは、まぁー…、以心伝心というか。ツーと言えばカー的な」
「相変わらず、わからん奴だ」
しれっと言い捨てるグスタフは扉を押さえつけていた指を離し、室内へと招く。
ユウキは慌てて締まりそうになる扉に手を掛け、グスタフの後を目指して扉を潜った。
落ち着いた色合いで統一されたマンションは、ユウキが知る建築物の中でも上等なもので、ラスボスって儲かるんだなぁ…と取り留めのないことを考えさせてくれる。
ちなみに連邦のエージェントといえど、母体が国家であるユウキの給料など言わずもがなだ。
ダークブラウンのフローリングを踏んで、たどり着くリビングは全面強化ガラスのスクリーンに都会の夜景を映していた。
相変わらず、目が眩みそうな光景にユウキはこめかみを押さえる。
「呆けるなら座ってからにしろ」
背中に軽い声を掛けられて、首を捻ると片手にオープナーとワイングラスを二つ携えたグスタフと目が合う。
ユウキは口元に笑みを浮かべ、腕に持つワインボトルをローテーブルの上に乗せた。
目の前に夜景が見える特等席だ。グスタフは当然のようにユウキの隣に腰を下ろして足を組む。
「白ワインは好きですか?」
「嫌いではない」
「俺はあんまりワインの味って分かんないんですけど、これはグスタフさんが好きそうな味だなーって」
ソファから身を乗り出して銀色の包装を剥ぐと、中から細いボトルが姿を見せる。
青いラベルに白抜きでRadikonと書かれているそれを片手に持って、グスタフの目線の高さまで持ち上げた。
グスタフも僅かに身を屈めてラベルの文字に視線を滑らせる。
さらりとした黒髪がユウキの間近で肩から零れ落ち、微かにグスタフが愛用するフレグランスが鼻孔を擽った。
ユウキの心音が短く跳ねて、文字を追う視線に魅入る。切れ長の鋭い瞳だ。
「――…白と言うには濃密だな、だが悪くないセレクトだ」
「グスタフさんだと、アルコールで外しませんから」
種族柄なのか、もともとの嗜好なのかはわからないが、グスタフは酒が好きだった。
元から自分自身に構わないのもあって、食事の代わりを酒に務めさせようとした時さえある。
一瞬グスタフの瞳に意識を持って行かれてしまった自分を誤魔化すようにユウキは相槌を打つ。
今だけのことではなく、ユウキはグスタフと同じ空間にいると、いつも惹きつけられた。
ふとした瞬間の何気ない仕草から、これはワザとらしい釣り針だと思えるものまで、ユウキは全てに引っ掛かってしまう。
グスタフが放つ色気に中てられているのだと、自分でも理解できるが制御は出来ない。
時に冷たく、時にあっさりと、時にのらりくらりとあしらわれるが、極稀にこうしてデートしてくれる。
勿論、デートと言っても一緒に食事をしたり、ドライブに連れて行って貰ったりするくらいで、色っぽい話は滅多にない。
――――逆に言えば、多少はある。
「では、ホストは私がしてやろう。グラスを出せ」
「やっぱりグスタフさんってそうことしてるの似合いますねー」
「お前よりはな」
「ワインってラスボスっぽいですよね」
「私は元々ラスボスだ」
「ペルシャ猫はいませんよ?」
「お前は猫と言うより犬だしな」
密やかな笑い声を漏らしつつ、グスタフはオープナーでコルクを抜き、芳醇なワインの香りが部屋に解き放たれる。
ユウキは音を立てないようにグラスに指を回し、ゆっくりと持ち上げた。
グスタフは慣れたように瓶底を持ってグラスの中へ螺旋を描くようにワインを注ぐ。
白と銘打ってあるが、このワインは琥珀色をしていた。蕩けるような色だ。
グラスを満たす琥珀色越しにグスタフの笑みが見えて、ユウキも相貌を崩す。
「綺麗ですよね、ちょっと癖がありますけど」
「お前が酒の味について感想を言うなんてな」
「教えたのは誰でしたっけ?」
「………、……すまん。なんと言っているか分からん」
「なまっとりゃーせんがぁー! グスタフさん、わざっとやってるじゃろ!」
「ん? 本当に分からんぞ。ユウキ」
余裕綽々で応じて、自分の分にも酒を注ぐと、グスタフは瓶とグラスを持ち替えてユウキのグラスに寄せる。
からかわれて、一瞬ジト目を作って見せるが、乾杯を誘うような仕草にユウキも渋々腕を持ち上げた。
「何に乾杯だ?」
「グスタフさんに出会えたことに」
「夢を見るのは勝手だが、目を覚ませ」
「夢の中なら自由自在ですよ」
「………童「はい、とりあえず乾杯ですね! 乾杯!」
嫌な気配を感じ取って、無理やり割って入り、グラスの曲線同士を軽く合わせると澄んだ音が響く。
しかし、その直後、無遠慮にして無機質なバイブレーションの音が重なって、乾杯の余韻を掻き消す。
「………………」
「………………」
「…………出ないんですか?」
「すまん、ちょっと待ってろ」
グラスを手元に引き寄せて、ソファに座りなおすとグスタフは懐から黒い携帯を取り出して身体の向きを変えながら通話ボタンを押した。
相手が誰かなんてのは横顔を見ればわかる。
グスタフの目元は僅かに緩んでいて、ユウキはワイングラスの細い足を指で撫でた。
「はい、私です。如何なさいましたか?」
挙句、グスタフが敬語を使う相手も限られる。というか、ユウキが知る人物の中では一人しか該当しない。
ユウキは手持ち無沙汰になりながら、隣から聞こえてくる低音を鼓膜で拾う。
仕事か使命かは分からないが、何か頼まれごとをしているのは確かだった。
余り、聞くべきことではないだろうとワイングラスをテーブルに戻し、ソファの背に手を付いて立ち上がる。
なるべく、グスタフの横顔を見ないように心がけたが、視線が勝手に動くのは止められなかった。
その瞬間、ユウキは確かに嫉妬した。
目の前に居ないはずの相手に瞳を緩めて、陶酔しきった声を出し、投げられる言葉に耳を傾けるグスタフの姿に、これ上ないほど嫉妬した。
一瞬、目の前が真っ暗になり、次いで真っ赤になった。
立ち去ろうとしていた足はくるりと方向転換し、グスタフの腿の上に手を置いてフローリングに跪いた。
少し震える指を叱咤して手早くベルトを外し、スラックスの前を寛げ、性急に顔を寄せる。
グスタフは明らかに驚いた顔をしたが、右手は携帯を支えているため、制止に駆り出せるのは左手だけだった。
ユウキがグスタフの両足に自重を掛けながら、捕まる前にグスタフの中心に手を添えて何の前触れもなく咥えこんだ。
「―――――ッ」
頭上から息を詰める声が落ちてきた。眉根がキュ、と寄って一瞬だけ表情が変わる。
流石のグスタフもユウキの唐突な行動に困惑を覚えざるを得なかった。
それでも、努めて平静を装い、電話口で淡々とした受け答えを返す。
慣れぬユウキの精一杯の強襲でさえ、声ひとつ上げさせることは出来ないのだ。
その現実に少しだけ心を痛めながらも、内心で燃える悋気が静められなかった。
きっと呆れているだろうし、怒っているだろう。
しかし、そんなことはこの際、関係なかった。
ユウキは生まれて初めての行為に意識を集中させていく。
どうすれば良いかを考えながら、ユウキは静かに瞳を伏せて、ゆっくりと口腔に含んだ性器に舌を這わせ始める。
本当に子どもの我儘のようで、こんなことをしても何の意味もないと知りながら、それでもグスタフの気を引きたくて懸命に奉仕した。
どこをどうすれば良くなるのかは良く分からなかったが、そこは同性の強みだ。
刺激に弱い場所ならなんとなく分かる。
内頬の肉を纏わりつかせて扱き、舌をはしたなく棹に絡めて濡らす。
口の中で唾液と粘液が絡まりあい、酷く卑猥な音が体内に響いていく。
先端から零れる先走りも丁寧に舐め取ると、独特の味に喉が厭うように痙攣した。
それでも吐き気を押さえて、先端を啜りあげると次から次へと先走りが溢れてくる。
グスタフが僅かでも感じてくれているのだ、と分かれば、涙が出るほど嬉しかった。
「……は、―――…畏まりました。ほかの者にもその様に伝えておきます」
けれど、落ちてくる低音にはブレの一つもなくて、いつもと何ら変わりない。
口一杯に頬張った場所だけが別のもののように熱く、滾り、いやらしい。
ユウキは口元をベタベタにしながら、息を吐き出し、亀頭に舌を擦りつけてただひたすらグスタフに尽くす。
忙しない吐息がグスタフの屹立に絡んで、熱気が増した気がした。
少しだけ顎を引いて、先端に唇を押し付けるとリップノイズを重ねて接吻を降らせる。
触れ合う瞬間に軽く吸い付いて内側の性感も煽って、亀頭全体を舐めるようにキスをした。
「………………、」
初体験ながら献身的な奉仕にグスタフは腕を伸ばし、ゆっくりと金色のメッシュを入れた茶髪を梳いた。
ユウキはその優しい仕草に一瞬、驚いて肩を揺らすも、緩やかに頭を押し付けられて、続きを促される。
「―――…その件でしたら、既に手配は出来ていますので…」
再び口付けようとしたら、もっと直接的な奉仕を強制されて、キスのために尖らせた唇をグスタフの熱が割った。
ズル、と生々しい音を立てながら、咽喉奥まで強引に飲み込まされて、顎が痛んだ。
ともすれば反射的に歯を立ててしまいそうになりながらも、所作に逆らわず、舌腹を性器裏に擦り付け、血管を探って摩擦を繰り返す。
口腔の粘液を絡みつけると、卑猥な音が立ち、粘膜に熱い先走りが塗り付けられた。
こんなに間近で雄の匂いを嗅いだことのないユウキにとって、苦行にも等しい時間だったが、これでグスタフがこちらを見てくれるなら安いものだと思った。
しかし、それも幻想に終わり、現実はと言えば、常のポーカーフェイスを崩さないグスタフの前に跪き、男の欲を咥えこんでいるにすぎない。
自分のしていることがどれほど惨めか、理解できているのに、それでも口腔で育つグスタフの熱から離れることが出来なかった。
自分の稚拙な奉仕で感じていてくれている嬉しさ半分、ここまで来たら引き下がれないという意地半分。
グスタフから見た自分がどう見えているのかはこの際、考えないことにする。
淫乱でも変態でも無謀でも良いが、子ども扱いされるのだけは、嫌だった。
指で支える根元も小刻みに摩擦して刺激し、棹を伝う粘液を塗り付けて指先まで淫液で塗れた。
濡れた手を棹から下らせ、陰嚢に触れると僅かにグスタフの内股が痙攣する。
「――――ッ!」
その反応に胸が高鳴り、勢いよく顔を上げようとしたら逆に後頭部を押さえつけられて根元まで熱を突き入れられた。
顔を見るどころか、反射的に眦に涙が浮いて零れそうになる。
しかも、一度だけの仕打ちではなく、グスタフはユウキの後ろ髪を掴んで無理矢理に前後運動を強要した。
ユウキの髪がパサパサと揺れ、放埓な動きが喉に引っ掛かり、呻き声も絶え絶えとしか出てこない。
必死にグスタフの下肢に縋りつき、疑似的な性交を模す凌辱に耐える。
「ん…ッ、……ぁ、……ぐ…ぅッ」
苦しげな声に合わせてグスタフの右手がユウキの頬に触れた。
左手が後頭部に、右手が頬に、そう気が付くと同時にユウキの隣に黒い携帯が落ちて高い音を立てる。
二つ折りのそれは畳まれてもおらず、それでも通話は終わっていた。
いつの間に会話が終わってしまったのかはわからない、それほど集中していたのだと思えば、耳まで熱くなる。
羞恥に任せて目をきつく閉じると、舌の上で熱が跳ね上がった。
一際強く引き寄せられて、咽喉の奥に濃い白濁を浴びせられる。
咽喉に絡みつく苦い味は飲み込むのに酷く苦労した。
しかし、グスタフが断続的に中に出すお蔭で、吐き出すことも離れることもできず、注がれるままに飲み干す事しか出来なかった。
「……は、…ぁ…、は…ッ」
ユウキは眦にたまった涙を零さないように気をつけながら、視線を持ち上げてグスタフを見上げた。
黒々とした人外の瞳と視線が交わり、喉の奥から嘔吐感ではない苦味がこみ上げてくる。
フッと笑うグスタフはユウキの後頭部をやんわりと撫でて濡れた唇を解放した。
口角から零れそうになる雫を手背で拭い、物言いたげに睨み付けると、グスタフの苦笑が広がった。
「泣くくらいなら、最初から仕掛けてくるな」
「な、泣いてなんか…っ」
図星を指されると今まで堪えていたものが溢れだしそうになる。
まるで子供に言うみたいに優しい声を出す癖に、子供のユウキが嫌いなのは知っているのだ。
それでもグスタフの掌はユウキを叩くでもなく、叱るでもなく、頭の上に乗せて、よしよしと柔らかく慰めてくれる。
完全な子供扱いには既に慣れている、悔しいほどに慣らされている。
ユウキは唇の裏を噛んで、グスタフの足に両手を掛けた。
「……グスタフさん、キスしてください」
「今か?」
「どうせ、呼び出されたんでしょう。止めませんから、キスしてください」
「…………」
ユウキの言い分がどれだけ子供のようかは誰よりユウキが分かっている。
けれど、ここで大人しく引き下がっては子供云々以前に都合が良過ぎる相手だ。
例え、グスタフの時間を分けて貰っているのだとしても、堪えている涙が溢れそうになる。
グスタフは一瞬考えるような顔を見せてから、ユウキの背中に腕を回して持ち上げるように抱き寄せた。
洗練された紳士的な仕草に、ユウキの視界の歪みが更に酷くなる。
抱き寄せられるままにグスタフの肩に手を掛けて、顎に添えられた指に従う。
グスタフの瞼が下ろされ、普段は目立たない睫が目元に影を落とす。
ギリギリまでグスタフの顔を眺めながら、ユウキもゆっくりと瞳を伏せる。
しかし、あと少しで唇が触れるという段階になって、ふと舌にのる味を思い出す。
「グ、グスタフさんっ!!」
その途端、ユウキは慌ててグスタフの肩を力任せに押し返そうと試みる。
狂った火力を誇るグスタフの腕力には到底太刀打ちできないが、ユウキの意思を感じ取ったグスタフは動きを止めた。
僅かに瞼を押し上げて、瞳に疑問の色を乗せると、頬を赤く染めたユウキの姿が目に映った。
目元に熱をためながら、消え入りそうな声で告げてくる言葉に耳を傾ける。
「…………う、うがいしてから…ッ!」
「―――…子供が気を使うな」
グスタフは一瞬噴出しそうになって、目も閉じないまま、ユウキの腰を抱き寄せ唇を重ねた。
当然、甘いレモンの味と言う訳にはいかなかったが、驚きに目を見開いて、それでもまだ肩を押し返そうとする必死なユウキは悪くなかった。
ぞろり、と舌を唇に這わせれば、ユウキが顎を引き、歯を食いしばって進入を拒む。
グスタフの長い舌が器用に蠢いて歯列をなぞり、口腔まで侵そうと何度もエナメル質を濡らした。
「……ッ、………ぅ」
歯列の合間から粘液を塗り付けて、舌を閃かせる。
舌に乗るのは苦い味だが、ユウキの唇は味覚を超えて甘かった。
薄く目を細めつつ、舌で強引に歯列を割ろうと圧を掛ける。
「ん……ッ!」
ユウキは看破してこようとする侵入者に反射的に歯を立てた。
同時に鉄錆の味が口腔に広がり、吐息を間近で聞いて、唇が離される。
息を整えながら、顔を上げるとグスタフは龍蛇の眼で笑うようにユウキを見ていた。
「糞餓鬼め」
「グスタフさんは意地悪じゃのっ」
咽喉をゆるゆると揺らして、笑うグスタフに唇を結んで苦虫を噛み潰す。
切れた口の端からは人と良く似た赤い血がジワリと滲んでいた。
もっと強く噛めば良かったと不穏なことを考えながら、ユウキは大人しく身を離した。
止めないと約束したからには守るつもりでいる。
たとえどれだけユウキが子供だったとしても、大人ぶることくらい個人の自由だ。
玄関に座り込んで革靴を履いている背中をぼんやりと眺める。
壁に斜めに凭れかかりながら、コートを着込んで空色のマフラーを巻いた背中に声を掛けた。
「―――…ワイン、飲み干しておきます」
「私に貢いだんじゃないのか?」
「グスタフさんならもっと良いの自分で飲めるじゃないですか」
「………そう拗ねるな。今度は私が貢いでやろう」
「ッ! 誰がはぶてる言うんですか……ッ!!」
図星を指されて激昂しそうになった瞬間、ユウキの視界がグスタフでいっぱいになった。
両の二の腕をしっかりと掴まれて、覗き込むように唇が重なる。
ユウキも180pあるが、それより高いグスタフに合わせて、自然と顎は上がった。
触れる唇は傷があるせいか熱く、柔らかく食んで口唇に緋色が塗り付けられる。
ちゅ、と啄む音が静かな室内に零れ、吐息が唇の合間でぶつかり合い、ユウキの肩から力が抜けていく。
舌が絡んで、粘液を摩擦しあい、熱を間近に感じる大人のキスだ。
大人流儀の口封じに太刀打ちできず、ユウキは立っていることもできず、ストン、とその場に座り込んでしまった。
唇を結んで俯くユウキの頭を、グスタフは優しく撫でる。
「―――…行ってくる、良い子にしていろ」
ユウキはやはり、この人はずるい。と、何度思ったかわからない毒を内心で吐いた。
閉まる扉の音は、何時も以上に重く聞こえた。
一人で過ごすには、グスタフの家は広すぎる。
一口も口をつけていないワインを二つ傍らに揃えて、窓辺から見下ろす夜景もどこか冷たい。
ユウキは首を傾けて、こめかみをガラスに当てる。ひやりとしたガラスに体温が奪われていく。
のっぺりとした闇は鏡と化して、無表情なユウキの顔を映していた。
きっと今夜はもう帰ってこないだろう家主を思いながら、ベッドを一人で使う気にもなれず、グスタフが家を出て以来、ずっとこうしている。
いっそ家に帰れば良いのかもしれない、こんな風に不安定な関係はやめたほうが良いのかもしれない。
それでも、朝になれば此処に戻ってくるのだろうと思えば、立ち上がることも出来なかった。
諦めきれるならとうの昔に諦めているし、今では諦めることを諦めている。
グスタフが自分に優しくしてくれているのは良く分かっている。
これ以上は自分の我侭だとも、理解している。
「そがぁなこと、誰よりわしが分かっとるわ」
自然と零れた地の言葉が冷たいフローリングに落ちる。
視線を傍らのグラスに注げば、ワインの中に月が沈んでいた。
白い月は真ん円で欠けがなく、ぼんやりと縁が滲んでいる月は無性に寂しそうだった。
ユウキが指先を伸ばし、グラスを揺らすと月も同じく揺れる。
一人では飲む気も起きないワイングラスを手元においているのは、若干の見栄だった。
ゆらゆらと波打つワインの中で月が翻弄されている、月ですらこんなに容易く手に入ると言うのに。
「月より遠いとか、どんな無理ゲーなんだろうな」
すれ違いでも良い、一目でも顔が見られるならそれで良い。
これを良しとしたのは自分なのだから、せめて惨めに泣かないように茶化しながら息を吐く。
「子供みたいに泣いたりせんから」
自分に言い聞かせるように細い声を出す。
月明かりに照らされた部屋は、招かれることを夢にまで見たグスタフのプライベートゾーンだ。
ここでグスタフと二人で、他愛無い時間を過ごす時間が何より幸せだった。
せめて自分と居るときくらい、使命や義務に囚われて、自分を放り出さないように。
グスタフらしく生活感なんてまるでない部屋に、無機質な月光が差し込む。
ユウキは片膝を腕に抱き寄せて、視線をワイングラスの中に落とした。
一時熱を共有したとしても、優しそうに楽しそうに笑ってくれたとしても。
それらにそれ以上の価値などなく、いつ如何なる時もグスタフを動かすのは別のものなのだ。
百も承知なはずなのに、こうして見せ付けられるとやはり心が痛む。
グスタフがずるい大人だなんて、そんなことも重々理解している。
それでも涙を堪えて朝を待とうとするのは、既に意地ではなく本能の領分なのかもしれない。
ユウキは泣き出しそうな乾いた息を細く吐き、グラスの中で揺れるおぼろげな月を笑った。
地上に散らばる人工の星の賑やかさとは打って変わって、琥珀色の海には月が一つだけ。
この、ぽっかりとした月をグスタフも見ているのだろうか、丸く滲んだ、冷たいほどに白い月を。
ユウキはグラスに落ちた月に向かって、囁くように月より遠い人の名を呼んだ。
月の向こう側にある夜明けを一秒でも早くと、乞うように。
ワイングラスに小さな波紋が広がり、ユウキの代わりに月が泣いてくれた。
朝はまだ、ずっと遠くにある。