M25 ただの物置。

Dawn chorus



!注意

グスゲニの初夜朝チュン話。
祭祀様が若干乙女かもしれません。


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グスタフは日が昇るより早く目を覚ました。
不明瞭な視界を幾度か瞬かせ、滲んできた涙で瞳を洗う。

「………?」

しかし、鮮明さを取り戻した視界が写す光景に、グスタフは眉を顰めた。
天井もカーテンの引いた窓も初めて見たものではないのに、何故か見慣れない。
疑問符を浮かべながら寝返りを打つと、ベッド下に脱ぎ散らかした衣服を見つけ、そこでグスタフの意識ははっきりと覚醒した。
瞬間的に呼吸を詰めて、跳ね回る心音を窘めるが記憶までに手が回らず、昨夜の情景を脳裏に甦らせる。
自分よりも遥かに上位である一族の導き手を押し倒し、その身体を欲のままに貪った。
あの冷たい肌を温め、零れる涙を啜り、鳴き声一つ逃さぬように唇を重ねた。
例えようのない背徳感に苛まれながら、昨夜のグスタフは高揚していた。
あの縦長の瞳孔が一心にグスタフを見詰めては悦楽に溶け、穏やかな低音は枯れるまで啼き声をあげた。
そして、まるで怯えるように声無く問うのだ。

後悔してはないか、と。

その媚態に、確かにあった後悔も背徳感も自責の念も全てが崩れ落ちた。
その中で唯一残った堪らない愛しさが胸を灼き、理性を飛ばして獣のように震える身体を味わった。
風を操る指がグスタフの背に爪痕を残し、少女のように恥じらってはグスタフを篭絡した。

「…愚か者め…」

グスタフは記憶の中の自分を詰ると熱を集め始めた頬を片手で抑えた。
ゲーニッツが望まない限り、昨夜の事を戯れにする気も忘れる気もないが、 どうにも決まりが悪いのは一線を踏み込んだ自覚があるからだ。
明確に引いてある線を自ら越えた。
最早、グスタフ自身にすら踏み誤ったのだと言い逃れすることは出来ない。
ゲーニッツが手を引いた以上にグスタフからも近付いたのだ。
今まで有能な部下であらんとしたグスタフにあるまじきことである。
例え許しが得られたとしても、部下で在り続けるなら踏み出すべきではなかった。
そう理解していながら、それでもなおゲーニッツの手を拒まなかった理由など考えるまでもない。
だから、後悔も苦悩もないのに決まりが悪いのだ。

「………」

グスタフはゆるりと首を巡らすとシーツの中にいるであろうゲーニッツを探した。
加減も何も出来なかった自覚がある分、居たたまれなさが脳を灼いたが敢えて気付かぬ振りをした。
腕を伸ばして引き寄せるべき身体を手繰るが、グスタフの手は冷えたシーツを寄せるだけに終わった。
僅かに身を起こし視界と気配で以てゲーニッツを捜すと、研ぎ澄まされた神経が居場所を教えてくれる。
グスタフは寝台から離れ、脱ぎ散らかしたシャツを手に取った。
一晩を床で過ごし、鋭利なまでに冷えたシャツを羽織ると気配を手繰って寝室から姿を消した。


グスタフが珍しく軽装で辿り着いたのはゲーニッツの自宅に隣接し、管理を務める教会の庭だった。
辺りは薄暗いが空は明るく、朝日が近いのだと見て取れた。
グスタフが確信を以て歩を進めると程なく青い法衣が見つかった。

「祭祀様」

呼びかけると、今まで空を眺めていたゲーニッツが振り向いた。
その顔に敷かれているのは常と何ら変わることのない微笑で、グスタフは僅かに息を呑んだ。

「ああ、おはようございます」

告げられる挨拶も何も変わらない。
昨夜の今朝で何らかの変化があるのを期待していた自分を、グスタフは今更ながらに自覚した。
何を馬鹿な事を、と自嘲すら巧くいかず、グスタフは静かに頭を下げた。

「…朝は冷えます。どうぞ、お戻りを」

ゲーニッツが望むなら、昨夜を戯れとして忘れなければならない。
グスタフの感情よりも、ゲーニッツの意志が優先されるのは当然のことだ。
そう心中で呟くも、ゲーニッツからの返事はない。

「……祭祀様…?」

訝しんで視線を上げると、ゲーニッツは背を向けていた。
ゲーニッツはグスタフに背を向けたまま歩き出す。
それに倣うべきか逡巡するも、ゲーニッツの足が僅かによろめいたのに気付いてしまえば、選択肢などない。
グスタフは付き従うようにその背を追った。

グスタフが付いてきたのを気配で知ったのか、暫くしてからゲーニッツが口を開いた。

「…今朝は随分と早いですね」

言われた言葉に、グスタフは僅かに首を傾げた。

「いつもと変わりありませんが…?」
「そうですか? いつもはもう少し遅いでしょう?」

重ねて言われた言葉に、声なく納得する。

「祭祀様の起床をお手伝いするのはもう少し後になりますが…今朝は…」

その続きを言うべきかどうか悩み、口ごもるとゲーニッツの足が止まる。
グスタフも釣られて足を止めると、何とも言えぬ空気が辺りを満たす。
何か言うべきだろうかとグスタフが悩むより早く、ゲーニッツの足が動き出した。
その速度は先ほどより早い。
慌ててグスタフも後を追うも、互いの間に流れた空気が払拭されたわけではない。
それに耐えられなくなったのか、ゲーニッツが歩きながらの会話を試みる。

「……今朝は紅茶を淹れて下さい」
「畏まりました。ダージリン、セイロン、アールグレイ、アッサムとご用意出来ますが…」
「アッサムをミルクティーでお願いします」

ふと、グスタフの視線がゲーニッツを捉える。
今朝はプレーンではないのか、という視線を感じとったのか、ゲーニッツが僅かに口ごもる。
長い長い沈黙のあと、観念したように吐息に載せて小さな呟きを漏らした。

「……少し、痛めたようなので……」
「………」

身に覚えのあるグスタフに何処が、などと問える訳もない。
朝靄の中で染まる首筋に昨夜の名残を見つけると暴風のような理解がグスタフを襲った。
何処までもグスタフの願望に沿った理解を否定して欲しくて、今度はグスタフの口が動いた。

「……祭祀様、お尋ね致しても宜しいでしょうか?」
「……何ですか?」
「…………照れておいでなのですか?」

グスタフの言葉にゲーニッツの足が凍りつく。
次いで、グスタフの眼前で朱印の散る首筋が刷毛で塗りつぶしたような赤に染まった。
暫く、完全に無音が辺りを満たしたが、朝が近づいたのに気づいた鳥が起き始めた。
鳥は幾度か囀ると数羽飛び立っていく。
グスタフはそれを視界の端に捉えるも視線は未だゲーニッツに固定されたままだ。

「………………明日はもっと遅くに起きて下さい」

問いに対して、否定も肯定もしないままゲーニッツはそう言った。
グスタフは理解が正しいのだと知ると、苦労して心音を抑えた。
綻んでしまいそうな頬を引き締めて、グスタフは一歩足を踏み出す。

「祭祀様が隣にいてくださるなら、」

囁くような声と共に指先がゲーニッツに辿り着き、柔らかな力で抱き寄せる。
無理に振り向かせることはしないが、腕の中で跳ねるゲーニッツの表情は見なくても分かった。

「日が昇ろうと、沈もうと」

朝の陽射しの中で、グスタフは恭しくも気障な仕草でそっと頭を下げ、熟れた首筋へ幸福と言う名のキスをした。



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