消失地点
!注意
ゲーニッツ×グスタフで18禁話。
出血表現、性的描写有り。エロは無理やり系と言うか強姦。
若干バッドエンド的なのでハッピーエンド以外を受け付けない方は回避推奨。
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深夜、グスタフは弾かれたように寝台から飛び起きた。
その顔は血の気が失せて青白く、息は今まで寝ていたとも思えないほどに浅く早い。
寝着は冷たい汗でぐっしょりと濡れ、冷気が絡んで一層寒かった。
「―――は…ッ」
グスタフは寝室を見回して、何も変化もないことを確認すると、無意識の内に詰めていた呼吸を再開させた。
けれど跳ね回る心音は止めようもなく、グスタフは震える手で額を押さえつける。
無論、そんな程度で収まるような類のものではないが、出来る限り無駄な所作を交えて少しでも冷静に戻る時間を稼ぎたかった。
「はぁ…っ」
脳裏に浮かぶのは、今のような暗闇の中での記憶。
いつもと変わらない寝室で起こった、現実の出来事。
あの夜と同じ時間になると、悪夢を見ては飛び起きる。まるでフラッシュ・バックだ。
グスタフは額を押さえた手を滑らせて、前髪を荒々しく掴み、シーツに溜息を落とした。
目に痛くなるほど白いシーツを眺めていれば思い出したくもない記憶は勝手に甦り、グスタフは視界を闇で覆った。
最初の記憶は、深夜。
唐突に腕を引かれ、寝台へ引き摺り込まれたことに始まった。
いつものように、眠りにつくゲーニッツの為に寝台を整え、頭を下げたところで逆らいようもない引力を感じて重心が傾いた。
視界は容易く反転し、気がついたときにはグスタフはスプリングの軋みを背に感じていた。
何がどうなったのか、事態を把握して驚愕する間もなく、降ってきたのは変わることのない低音。
「今夜は特に寒いので、少し、暖めて頂けますか?」
そう、笑みのままに紡がれて、グスタフは困惑しながら頷いた。
スーツ越しに伝わる手は冷たく、違和感を覚えながらも湯たんぽ代わりくらいなら、と身体から力を抜いていく。
無論、遥か上位に位置する導き手と寝台を共にするのは湯たんぽ代わりといえど憚られるが、他でもないゲーニッツからの下命ならばグスタフに否はない。
柔らかい寝台に横たわりながら、ゲーニッツが眠りに落ちるのを待つ。
ゲーニッツの妨げにならないよう、出来る限り呼吸を抑え、不動を保っていると、不意にゲーニッツの手が伸びる気配がした。
「―――」
寝返りでも打つのだろうかと考えていると、意に反して手は空色のネクタイへと掛かる。
疑問符を浮かべながらも更に動かずにいると、微かな衣擦れの音と共にネクタイが解かれた。
寛げた首筋に冷気が入ってくるが、その冷たさを自覚するより先に、冷気よりも冷たい掌が首筋を這った。
唐突な冷たさに、グスタフが僅かに身を捩る。が、すぐに冷たい手を温めたいだけだと理解した。
グスタフもオロチの血に連なるだけあって常人よりも低い体温をしているが、ゲーニッツに比べればまだ人に近い、まともな体温をしていた。
寝台にグスタフを引きずり込んだだけでは寒さを凌ぐには足りなかったのだろう。
確かに、血流が多く流れる部位はスーツに包まれた身体よりも温かい。
熱を奪うように首筋や耳元、鎖骨を這う手は静かで、グスタフはそっと息を漏らした。
「…祭祀様?」
しかし、その手が背筋を滑り、シャツの裾から腹部へと進入したことで半ばまで下ろしていた瞼を押し上げた。
単に、首筋の熱だけでは物足りなかったのだろう、と思考をシフトしかけるが、ゲーニッツの掌は確かな熱を有しており、先ほどまでよりは温まっている。
咄嗟に、グスタフは訝しがるような声を出して、ゲーニッツに制止をかけた。
「何ですか?」
けれど、返ってきたのは常と何ら変わることのない穏やかな低音。
眠いといって横になったはずなのに、その声はまるで眠気を感じさせない。
グスタフが進言するまで寝室に移動しようともしないゲーニッツが、珍しくも自ら寝室へと足を踏み入れたはずなのに。
それほどまで疲れているのだと考えていたが、ゲーニッツからはそんな疲労は欠片も見受けられない。
「―――…いえ」
微かな、しかし明確な違和感を覚えながら、それでも、それを無視したのは相手がゲーニッツだからだった。
グスタフにとって、何より優先されるべきはゲーニッツの下命で、それに従うならば、グスタフは寝台に横たわるより他の選択肢は存在しない。
そう判断して、見つけた不自然さから目を逸らし、僅かに固まった身体から力を抜いた。
グスタフの反応に満足したのか、蠢く手は再び動き出す。
掌を温めたいだけ、安穏とした眠りに落ちたいだけだと念じながらも、一度感じてしまった不自然さは拭えない。
気のせいだと何度も自身へと言い聞かせるが、ゲーニッツの手が筋をなぞるように皮膚を這うと、身体に力が入ってしまう。
じり、と背側のシーツをスーツで詰ると、微かな笑気が耳を打った。
「――――ッ!?」
思わず問い返そうと口を開いた瞬間、視界が翳り唇に冷たい皮膚が重なった。
確かめるまでもなく、それはゲーニッツの唇だった。
視界をゲーニッツの顔が埋め尽くし、途方もない驚愕と狼狽がグスタフを襲う。
唇に冷たい体温を感じながら、手は止むことなく隠された肌を這いまわる。
腹の底から湧きあがるような不快感に、グスタフは抵抗するように腕を持ち上げた。
けれど、それを咎めるような視線が近距離で交わると、動いたはずの腕は凍りついたように止まってしまう。
グスタフが固まっている間に、肌を這っていた手がスーツを割った。
「さ、祭祀…さ…ッ」
流石に、腹を掌全体で撫で上げられれば居心地が悪いどころの話ではない。
グスタフは顔いっぱいで困惑を示して、覆いかぶさるゲーニッツを見上げた。
ゲーニッツは身の置き所がない様を笑うと、冷たい掌を殊更ゆっくりとグスタフへと摺り寄せた。
その手つきはまるで喰らう獲物で遊ぶ捕食者のようで、グスタフは一層困惑を滲ませる。
「暖めて下さるのでしょう?」
「―――――ッ」
言葉に含まれた意味と、肌を這う掌の意図に気づいた瞬間、闇に無音の悲鳴が響いた。
同時にグスタフの顔から音を立てて血の気が引いていく。
目の前で微笑むゲーニッツが、同性を性欲の対象に見れるということも初耳ならば、その対象に自身が入るなど夢にも思っていなかったのだ。
余りの不測の事態に、咄嗟に袖に隠してあるワイヤーに手が伸びるが、それを何とか理性で押さえつける。
暴れたがるのは獣の本能ではあるものの、一族の導き手であるゲーニッツにはどうあろうと逆らえない。
例えこのまま慰みものとして一夜を明かすことになろうとも、グスタフにはゲーニッツを害せない。
しかし、その本能と、グスタフ個人の感情は別に存在した。
ごく一般的な嗜好を持つグスタフにとって、自身よりも上位に位置する同性に犯されるのはどうあっても許容できることではない。
本能と感情に板ばさみにされ、結果、一指たりとも動けなくなってしまう。
それを幸いと言わんばかりの手際の良さで、ゲーニッツは痩躯からスーツを脱がせていく。
衣擦れは静かな寝室に大きく響き、衣服はそのまま寝台の下へと捨てられた。
「さ―――ッ」
外気へと晒されていく身体に、脳の中で警鐘が喧しく鳴り響く。
グスタフは思わず制止を求めて、ゲーニッツの名を呼ぼうと口を開いた。
しかし、それを阻止するように、ゲーニッツは前を割り、前触れもなく猛る熱でグスタフの痩躯を貫いた。
「―――ぐ、ぅ、ぁあッ!」
制止の声を出して身体から力が抜けた瞬間を狙うように、何の遠慮も準備もなく灼熱の杭が秘所を犯す。
初めて受け入れるには大きすぎる質量が身体を苛み、軋みを上げる。
ギチ、と反射的に強い締め付けを返す媚肉にゲーニッツも微かに眉を顰めるが、グスタフが受けるダメージのほうが大きい。
ゲーニッツは互いに共有する痛みにも拘らず、凍り付いて冷や汗を噴出すグスタフを力で押さえつけて抽出を開始した。
暴力的な挿入に広がりきった襞はそれだけで激痛を絶え間なく生み出すのに、激しい抽出まで強いられれば、耐え切れずに裂けて血を流した。
鼻腔には鉄錆に似た匂いがついて、無理やり開かれた肉が引き攣れる音を内側から聞く。
一打ごとに身体がバラバラになってしまいそうになる痛みと屈辱を伴い、肺の奥から吐き気が込み上げてきた。
手加減のない陵辱を今まで他者に触れられたこともない箇所へ絶え間なく受けて、幾度も新しい血が滴り、滑りと熱を帯びたことでゲーニッツの楔が一層硬度を増した。
激しく犯すグスタフの痛苦と屈辱を理解するほどに、ゲーニッツは欲望を滾らせる。
明らかにグスタフを蹂躙して、ゲーニッツは満たされていた。
強者の性なのか、一族の持つ凶暴性なのかは分からないが、ゲーニッツは完全に捕食する側で、グスタフはされる側だった。
「ぁ、…ハ……ッ、あ、が…っ―――」
痛みが強すぎて、両目を限界まで見開いて唇が戦慄く。秘所からじくじくとした熱が駆け上がり、腰が甘く痺れる。
心身に及ぼされた衝撃が強すぎて、長い足が引きつって悲鳴も出ない。
零れるのは掠れた呻き声と、結合部から漏れる血と白濁が混ざる音ばかりで、ゲーニッツの荒い呼気と寝台の軋む音が酷く遠い。
「―――ひ、ぁ…あぁッ…ぃし…さま…っ」
否定も拒絶も出来る立場ではないと理解していながら、制止を求めてゲーニッツの名を幾度も呼んだ。
貫かれるたびに身体が崩壊へと走り出す。苦痛と屈辱しか感じない性交は絶えずグスタフの精神を蝕んでいく。
必死になって現実を否定するが、貫かれる熱も、肌に落ちるゲーニッツの吐息も現実のものに違いなく、視界を涙で揺らした。
グスタフはせめて、この陵辱が一瞬でも早く終わることだけを祈り、唇の裏に歯を立てる。
がり、と皮膚が裂ける音がして、口腔に血の味が広がった。
「――…おや、こちらも切れましたか?」
「さぃ、し…様…ッ」
からかうような声があまりに常どおり過ぎて、グスタフの心身を切り刻んでいく。
痛みと苦しみで彩られ、疑問で溢れる瞳はゲーニッツを心底愉しませた。
穢されていくグスタフを視線ですら犯し、血の流れる唇を長い舌で舐めあげる。
ぞろりとした人外然とした冷えた舌の感触に、グスタフは咄嗟に瞼を閉じた。
力任せに閉じた瞼は細かく震え、ゲーニッツの進入を阻むように唇はしっかりと閉じられている。
ゲーニッツはそんなささやかな抵抗には、興味も見せずに徐にグスタフの足を抱え上げた。
そして、まるでグスタフの反応を咎めるかのように激しくその身を揺さぶった。
揺さぶられるたびに、未だ萎えたままの陰茎が腹へと当たって、慰みものを勤めている自身を一層自覚する。
「―――ぃ…あッ」
閉じたはずの唇はみっともなく解け、まるで女のように弱い声が漏れた。
現実を否定するように何度も頭を振り、そのたびに長い黒髪がシーツに散る。
グスタフは藁にも縋る思いで、慈悲を乞うようにゲーニッツを見上げた。
涙で潤んだグスタフの澄んだ夜のような黒々とした瞳で、一心にゲーニッツを見つめる。
その瞳がゲーニッツの縦長の瞳孔と合わさった瞬間、グスタフの中で熱が内壁を震わせるように痙攣した。
グスタフの背筋に悪寒を伴う不快感が走りぬけ、咄嗟にゲーニッツの熱を拒むように締め上げる。
拒絶のつもりで下肢に力を込めるも、全体を包み込む圧はゲーニッツの限界を促した。
初めてらしいきつい締め付けに逆らうことなく、ゲーニッツはグスタフの身体を強く押さえつけると、そのまま熱を爆ぜさせた。
「―――く、ぅ…、ぁああッ!!」
腹を焼く奔流に、グスタフはとうとう明確な悲鳴を喉奥から迸らせた。
ドクドクと強く脈を刻む熱は断続的に熱を吐き出し、グスタフの中を濡らしていく。
グスタフのプライドを打ち砕き、重い精液で腹を満たされていく感覚に、今まで以上の吐き気がせり上がる。
口の中に胃酸の味が広がって、嫌悪感が胸のうちを埋め尽くした。
己を落ち着けるように浅い呼吸を何度も繰り返し、努めて平静を保とうと試みるが上手くいかない。
挙句、内壁を味わうようにゆっくりと陰茎を引き抜かれて、背筋が跳ねるように撓った。
緩んだ秘所は熱を持ち、ドロドロとした欲の証と血が逆流してシーツを穢す。
内壁を伝う淫液の感触が、首筋に鳥肌を立たせグスタフを苛んだ。
ショックから立ち直れないグスタフに、身を整えながらゲーニッツが声を掛ける。
「ご苦労様でした。これでよく眠れそうです」
「―――…そ、れ…は…何、より…」
満足げに吐かれた吐息が耳を擽り、グスタフは吐き気を抑えて言葉を返した。
けれど唇から零れたのは、グスタフ自身が聞いたこともないほど震え、口腔から歯列がぶつかる微かな音が漏れていた。
顔、どころか、全身が失血したように冷えて、全霊を込めて抑えようと、指先がどうしても震えてしまう。
グスタフは小さく腕を動かし、動いても咎めがないことを確かめると、弾かれたように寝台から降りて、脱がされたスーツを手に取った。
皺くちゃのシャツに再び腕を通すのは抵抗感があったが、そんなことには構っていられなかった。
暗闇の中でも浮くように白い背筋を、ゲーニッツの視線が這って視姦する。
痛いほど強い視線を受けて、感情に負けた涙が眦の端に溜まるのを自覚した。
辱めを受け続け、心身の全てがゲーニッツの舌の上に乗っている。
一秒でも早く辞したい一心でスーツを着ていくが、指先が震えて上手く鋲が止まらない。
何度も確かめるように拳を握り、震えを抑えてなんとか鋲を止めると、震える足で寝室の扉へと歩み寄る。
一歩を踏み出すごとに陵辱を受けた箇所が痛み、そのまま倒れてしまいたかった。
「ああ、グスタフ」
けれど、扉に手が掛かるまさにその瞬間に声を掛けられ、細い肩が大仰に跳ねた。
グスタフは闇を揺らさないように、身体に必要以上の負荷が掛からないように、ゆっくりと振り返る。
明らかな怯えを孕み、頼りなく揺れている瞳は逸らされ、ゲーニッツの視線と交わることはなかった。
忠誠心溢れる部下の珍しい反応に、ゲーニッツは低く笑ってから再び口を開いた。
「この冬は、当分寒い日が続くそうですね」
「―――――ッ」
続けられた言葉は、事実上の死刑宣告で、グスタフは切れ長の瞳を一杯に見開いた。
その言葉は、『次』を仄めかす響きを持っていた。
一夜の戯れだと、二度はないのだと震える身体に言い聞かせていた内心を悟られたようで、グスタフは思わず視線をゲーニッツへと向ける。
縋るような視線の先で、ゲーニッツは微笑んでいた。一分の隙もなく、常と同じような、穏やかで静かな笑み。
その中で、龍蛇の瞳だけは爛々とした輝きに満ち、グスタフの苦悩も苦痛も全てを見透かすようだった。
ゲーニッツがこの戯れを一夜だけにする気はないのだと気づいたグスタフは、何も言えずに口を噤んだ。
グスタフは不敬だと理解していながら、就寝の挨拶すら紡げずにただ頭を下げて姿を闇に溶かした。
気配を殺し、音もなく寝室から辞しても、ゲーニッツの視線が身体を這い回っている感覚が収まる気配はない。
そして、その夜から深夜の夢は悪夢へと変わった。
甦る記憶に耐え切れず、手の甲を唇へと当てた。
けれど、皮膚同士が合わさる感触に頭が割れるように痛み、刹那の間でその手を力任せに払う。
暗闇の中で、払った手がサイドボードに乗せていた水差しに当たり、硝子が砕ける音が深夜を切り裂いた。
「…は、ぁ…ッ…」
手の甲がじくじくと、熱を孕むように痛む。
切ってしまったのだという自覚以上に、手から広がる血臭と、サイドボードから滴る水音がグスタフの正気を蝕んだ。
自分の荒い呼吸音でさえ、思い出したくもない陵辱を思い出す呼び水でしかなかった。
長い間、良き隣人であり、眷属であった闇が、今はこんなにも恐ろしい。
否、グスタフにとって恐ろしいのは、闇ではなく、むしろ――――
「……違う」
グスタフの脳裏に、愉しげに龍蛇の瞳を和ませるゲーニッツの顔が浮かんだ。
その笑みは本当に楽しそうで、穏やかであるとさえ思えた。
けれど、その笑みを思い起こすたび、グスタフは背筋が凍りつくほどの恐怖を思い出すのだ。
冷たい、オロチに近しい体温を有する手がグスタフの肌を這いまわり、長い舌は獲物を嬲るように味を確かめた。
グスタフの恐れも不快も苦痛も全てを丁寧に喰らい、うっそりと微笑む顔は常となんら変わることはない。
それが一層、恐ろしかった。
ありとあらゆる死を永劫続ける地獄の方がまだ明るいと思えるほど、恐ろしかったのだ。
「―――違う……ッ」
グスタフは否定を口にしながら頭を振った。
黒い髪が空気を孕み、パサパサと微かな音を奏でる。
視界は闇に慣れることはなく、間近に広がる自らの黒髪ですら捕らえられなかった。
「違う…ッ」
苦しむように歪んだ顔から、悲痛な呻き声が零れる。
その弱弱しささえ否定するように、グスタフは両手で顔を覆った。
血の気の失せた白い頬に、止まらない血が鮮やかな朱色を添えた。
「―――…祭祀様…ッ」
尊い風の名を呼びながら、グスタフは収まらない震えを渾身の力で抑え込んだ。
いつか、この恐れがグスタフを全て飲み込んでしまったら、グスタフはきっとゲーニッツの前に膝を着くだろう。
それは、それだけは許されないことなのだ。
ゲーニッツが一族の導き手だからではなく、ゲーニッツが恐ろしいという理由だけで膝を着けば、それはオロチが唾棄する人間と何ら変わらない。
一族を尊び、一族を導くゲーニッツを崇拝するグスタフにとって、それは決して犯してはならない禁忌。
グスタフがゲーニッツに傅くのは、ゲーニッツが一族の導き手だからという理由だけでなければならない。
魂に刻んだ使命が、今生の恐怖に負けてはならないのだ。
ゲーニッツに対する恐怖に飲まれた瞬間に、グスタフは一族としての存在意義も、今まで誇り、頼みにしていた自己さえも破壊される。
それが、何より恐ろしいのだ。
今まで疑うことすらしなかった世界が、目に見える範囲から瓦解していくのを見るようで、堪らない焦燥を募らせる。
グスタフは震える手で、まるで身を守るように痩躯を抱きしめた。
月光を覆い隠すように吹いた強い風が窓を鳴らし、闇に埋もれる影が小さく震えた。