M25 ただの物置。

貴方と視線の争奪戦



!注意

ゲニ←グスに見せかけたゲーニッツ×グスタフにカリスマを添えて。
カリスマとグスタフがお互いに毒吐きあってて仲悪いので注意。
あとゲニが軽くツンデレでツンギレ。


========================


朝食を終え、身支度を整えたゲーニッツは、仕上げのようにブラウンのケープを肩にかけた。
皺が寄らぬように大きな手で撫で付けると、手の届かない背側を別の手が整える。
肩越しに振り返れば、今まで壁際に控えていたグスタフだった。

「あぁ、ありがとうございます」
「いえ」

気のない礼に、硬質的な声が応じる。
ちらりと盗み見た顔は、見慣れた無表情だった。
ゲーニッツに尽くすことこそ最上とするグスタフは、傍に控えているときの顔はもう少し柔らかい。
グスタフが心中で何を考えているかを大体把握すると、ゲーニッツは僅かに肩を竦めて見せた。
すぐ後ろにいたグスタフには、それが仰々しいほど大きな動作に見えて、反射的に身を硬くする。

「一応、私のタッグ相手です。余り不作法な真似はしないように」
「…心得ております…」

続けられる言葉も釘を刺すような内容で、グスタフは静かに目を伏せた。
分かりやすく態度に出てしまっていた自身を諌めるも、それでも心中に燻るのは不愉快なものばかりだ。
皺を伸ばしたケープから手を離し、一歩下がると、
ゲーニッツが肩越しに縦長の瞳孔を向けていて、一層身の置き所がなかった。
さながら許しを乞うように叩頭すると、大きな溜息が耳を打つ。
それはグスタフの胸を押しつぶし、呼吸を苦しめた。

「……別に貴方は参加していないのですから、付いてこなくても良いのですよ?」

グスタフを気遣うと言うよりも、それは煩わしいことを減らしたいのだという心情から出た言葉だった。
遥か上位に位置する尊い導き手の心労の一つになっているのだと思うと、それだけで致命傷を受けたように心臓が痛んだ。
ゲーニッツがグスタフを傍近くに許しているのは、一重にグスタフがゲーニッツの手足であり、絶対的な僕だからに他ならない。
手足が主人を裏切り、自分勝手な感情で動くなど許される訳はないのだ。

「祭祀様のお邪魔は決して致しません」

声を震わせなかったのは、グスタフの掻き集めた矜持の賜物だ。
顔は情けなくも歪んでいる自覚はあるが、叩頭しているゲーニッツからは見えることはない。
祈るような想いを込めて下命を待つと、再度、溜息がグスタフの耳を打った。
喉の奥から酷い吐き気がして、目の前が闇に閉ざされそうになる。
手袋に包んだ指を掌に立てて痛みで自らを律そうとしても、ゲーニッツに拒絶される痛みに負けて何も感じない。
ぐ、と力を込めて瞼を閉じると、呆れたような低音がグスタフを呼んだ。

「………好きになさい」
「―――ッ」

捨てるような言葉ではあったが、それは許しの言葉だった。
グスタフは無礼にならないよう、全霊を込めてゆっくりと顔を上げた。
けれど、ゲーニッツはすでにグスタフから視線を外し、背を向けたまま玄関へと向かい始めていた。
グスタフは慌てたようにその背を追いかけながら、心の底から安堵したように静かな吐息を零したのだった。






「貴様ッ!祭祀様に対して無礼が過ぎるぞ!!」

タッグ戦のトーナメント会場は、往々にしてタッグごとに控え室が割り当てられる。
グスタフの激昂が木霊し、通行人の足を一瞬止めさせたのはそんな控え室の一室からだった。
通行人の殆どは野試合に慣れた会場スタッフと出場者ばかりで、止まった足は次の瞬間から何事もなかったように動き出す。
動き出した足がその場を離れるのが若干速かったのは、その部屋にトラウマを量産したボスの名がぶら下っていたからだ。
自然に動き出し、不自然な速さでその部屋の周囲から人気がなくなる。

「やれやれ…喧しいことこの上ないな」

常人であれば思わず身を竦ませるような怒声を受けた張本人は、それを意に介することなく悠々と長い足を組み直して見せた。
相応の実力者が持つ尊大さを隠すことなく見せ付けて、余裕に満ちた微笑をグスタフに向けた。
向かいのソファに座すゲーニッツは、何を考えているのか分からない無表情で持参した書物に視線を落としている。
その背後では、ゲーニッツの飼い犬がヨハンに向かって吠え立てて、視線に殺気を込めて睨みを効かせている。
ヨハンは芝居がかった仕草で両手を広げると、血を吸った紅玉のような瞳を和ませてグスタフを見た。

「無礼が過ぎるとは心外だな。私たちはパートナーだぞ?」
「だからと言って祭祀様を侮辱して良い理由にはならんぞ…ッ」

業とらしく穏やかな声を出せば、激情に灼かれた人外の瞳が煌いた。
試合中のゲーニッツに似た煌きを放つ瞳は、獲物を捕らえた龍の瞳孔に似ていて好ましい。
色濃い殺気の篭る視線を受けながら、喉奥で笑いを転がせば面白いほど容易く反応が返ってくる。
ヨハンは笑みを押さえてゆっくりと口を開いた。

「さて、何がそんな逆鱗に触れたかは分からんが…世間話ぐらいでそう吠えるな。周囲の迷惑だ」
「貴様…ッ」

ゲーニッツが間にいなければ、若しくはゲーニッツの許しがあれば、グスタフはとっくに牙をヨハンに向けているだろう。
少しでもヨハンが気を抜けば、闇に煌く鋭利な牙で喉笛を食い千切れるほどの実力者なのだ。
そんなグスタフがヨハンに飛び掛らないのは、ゲーニッツの鎖が首を絞めているからだ。
どれほど獰猛で血生臭く、凶暴な獣でも、主に絶対の忠誠を誓っている以上危険はない。
だからこそ、ヨハンは危険極まりない安全な遊びに興ずることが出来るのだ。

「オロチがどれほど素晴らしいか知らんし興味もないが…お前のように浅慮な部下しか居らんと言うのも考えものだな」

ゲーニッツと同じく、支配者然とした笑みは忌々しいほど尊大なヨハンに似合っていた。
その笑みと言われた言葉に、グスタフの視線がこれ以上ないほど濃厚な殺意を孕んでいく。
視線だけで人が殺せるなら、一体ヨハンは何度死んだだろうか。
暢気にもそんなことを考えていると、一瞬咎めるような視線が別の場所から飛ばされた。
オロチまで馬鹿にしたのはゲーニッツにとっても面白くなかったか、と、
心中で呟くも、ヨハンにとって見れば、おもちゃが二つに増えただけで特に問題は見当たらない。
愉快そうに笑みを刻んでいると、感情を押し殺した、地を這うような低音がグスタフの口から紡がれる。

「…私がどれほど浅慮で愚かでも、それは主人の責ではない」

その言葉に、ヨハンは噴出しそうになるのを懸命に堪えた。
笑気は殺しきったものの、肩は不自然に揺れてしまった。
片手で口元を隠し、自己申告通りに浅慮で愚かなグスタフを笑う。

「加えて余り頭も良くないな」
「何だと?」

グスタフの形の良い柳眉がぴくりと跳ねる。
支配者の価値観と、しもべの価値観は違うということすら知らないグスタフに、支配者たるヨハンはゆっくりと口を開いた。
諭すように優しげな声音でありながら、囁く言葉は毒のように重い真理。

「しもべが浅慮で愚かで在れば在るだけ、それは主人の品格を損なうのだよ。ゲーニッツの部下だという自覚があるなら言葉には気を付けることだ」
「―――ッ」

言葉を無くし、ギリ、と奥歯を噛み締めたグスタフを笑うと、ヨハンは静観を決め込んでいたゲーニッツへ視線を投げた。
本のページは捲られた様子は無く、ヨハンは一層笑みを深めた。
その気配に、栞も挟まれていない本を閉じ、ゲーニッツの目が上がる。

「部下の躾が行き届いていないようだが?」
「……弁明のしようもありませんね」
「祭祀様…ッ」

ヨハンの茶化すような言葉を受け、ゲーニッツの眉間に皺が寄った。
隠すことすらせず不機嫌さを声に滲ませるゲーニッツに、グスタフは縋るような声を漏らす。
ヨハンはゲーニッツとグスタフのそれぞれの表情を舐めるように楽しむと、ソファに掛けていたコートを掴んで立ち上がった。
ちらり、とゲーニッツの視線がヨハンを射るが、それを手の一振りで払うと、そのまま扉へと歩を進ませる。
扉を潜る前に室内のゲーニッツへと赤い眼を向けて、口元を弧に撓らせた。

「ゲーニッツ。飼い犬を連れ歩くのは結構だが、こうも喧しくては私が休めんぞ」
「分かっています」
「どうだかな」

ゲーニッツの返答を一蹴すると、ヨハンはそのまま扉を潜って出て行った。
室内に残されたグスタフは、どう贔屓目に見ても機嫌の悪いゲーニッツに眦を下げさせた。
静寂が満ちる部屋に、ゲーニッツの大きな溜息が響く。

「グスタフ」
「は」

咎めるように名を呼ばれ、グスタフは身を強張らせながら応じた。
酷く煩わしそうに、ゲーニッツが小さく首を振る。

「私の言葉を聞いていなかったようですね」

どんな激しい叱責よりも、静かな声音の一言の方がずっと堪える。
グスタフは呆れの色濃いゲーニッツの言葉に、情けなく顔を歪ませると只管に頭を下げた。
それで許されるとは到底思えないが、身体が慈悲を求めるように振舞ってしまう。

「…申し訳御座いません」
「言い訳も謝罪も結構です」

か細い声での陳謝も、ゲーニッツは取り合わずに切り捨てる。
ソファが僅かに鳴いて、俯くグスタフにゲーニッツの動きを教えた。
革靴の底が床を叩き、僅かに音を紡ぎながら扉へと向かう。
その背を追いたいと本能は訴えるが、未だゲーニッツの許しはない。

「…祭祀様…」

グスタフの呼びかけに重なるように、扉が閉じられる。
咄嗟に視線をそちらへと向ければ、閉じられた扉がその目に映った。

ゲーニッツに拒絶されれば、グスタフは存在意義を見失ってしまう。

感情に負けた雫が視界を鈍らせていくのを何処か他人事のように感じながら、
グスタフは主人の名を小さく呼んだ。
その呼びかけに応える者は無く、グスタフは黒髪で視界を閉ざして片手で顔を覆った。






ゲーニッツがグスタフを残して部屋を出ると、見慣れた長身が廊下の壁に背を預けながら笑っていた。
濃紫色のコートを羽織り、赤い髪を微かに揺らしながら笑う龍に、ゲーニッツは胡乱気な視線を向けた。

「可愛らしいことだ。お前に構ってもらおうと必死だな」
「…ヨハン」
「ウハハハ、どうした。視線に殺気など込めたりして。らしくもないぞ?」

不愉快そうな縦長の瞳孔は、先ほどまでヨハンが感じていたグスタフと同じ色に煌いている。
傲慢に目を細めて笑うヨハンのすぐ傍で、その笑みを咎めるような風が生まれる。
鋭利な風はヨハンのコートの裾を巻き込み、そこそこの強度を誇る布地を容易く切り裂いた。
切り裂かれたコートの合間から、ヨハンの紅衣が僅かに覗く。

「私の部下にちょっかいをかけないで頂きたい」

ひゅぅ、と。無人の廊下に、風の名残が静かに鳴いた。
ヨハンの頬を擽る風は柔らかだが、ゲーニッツが一度命ずれば、無慈悲にヨハンを切り刻むだろう。
彼の手足たる、グスタフのように。

「ただの部下に随分とご執心だな?」

いつ自らに害を成してくるか分からない風を身に受けながら、ヨハンは小さく首を傾げて見せた。
その顔に、風に対する怯えはない。
幻想種はこれだから、という毒を溜息に代えると、赤い黒龍を冷たく見やった。



「アレは私のものです。髪の一筋から、爪の先に至るまで…魂さえも、私のものです。下らぬ龍が触っていいものではありません。」



反論を許さない強さで言い切ると、話は終わりだと言わんばかりに背を向けて歩み去る。
距離は離れていくのに、一向に向けられる殺意は薄れることはない。
風に切り刻まれたコートを捨てると、ヨハンは幻想種らしい、極めて尊大な忍び笑いを零したのだった。





TOP
Template by KKKing