いとしきみよ
!注意
ゲニ→グスで片思い。
若干祭祀様が乙女で、グスタフがツンツン。
========================
寝台を整えるグスタフの動きは淀みない。
微かな布ずれを奏でながら、常はワイヤーを操る指で以ってシーツの皴を伸ばし、着々とベッドを白に彩っていく。
仕上げとばかりに枕を優しく叩いて形を整えると、黒髪を揺らしながら振り向いた。
「お待たせいたしました、祭祀様」
片手を胸に当て頭を下げる先には、寛いだ格好のゲーニッツがグスタフを眺めていた。
その手のカップには、グスタフが手ずから入れたハーブ・ティーが揺れている。
ゲーニッツはカップをソーサーへと戻すと、緩慢な動作で立ち上がり寝台へと足を向けた。
入れ替わるようにグスタフがテーブルへと近寄り、静かに片づけを始める。
「―――グスタフ。」
「は。」
寝台に腰掛け、口元だけで笑みを敷いたゲーニッツは戯れにグスタフを呼んだ。
片付けも何もかもを放り投げ、グスタフの視線がゲーニッツへと注がれる。
足の低いテーブルの脇に片膝をついたままゲーニッツに身体ごと向き直ると、跪いているかのように見えた。
忠臣さながらに言葉を待つグスタフに、ゲーニッツは無骨な片手で寝台を軽く叩いた。
「一緒に寝ますか?」
その言葉に、切れ長の黒い瞳が伏せられる。
長い睫が影を作ると同時に頭を下げられ表情が見えなくなってしまう。
「お戯れを。」
肩から流れた黒髪の間から、硬い声が紡がれて一瞬ゲーニッツの手が止まる。
けれど、それに気付かれることを良しとしないゲーニッツは何事もなかったように軽く笑んで見せた。
「つれないですねぇ…仕方ありません。大人しく寝るとしましょう。」
「どうぞ、ごゆるりと。」
独り言のような呟きに、手早く片づけを終えたグスタフが返礼する。
陶器が触れ合う音すら殺すと、扉へと近づき照明が落とされた。
闇に目が慣れる前に、扉が静かに開閉した音がして、気配はそのまま霧散する。
僅かな足音さえもさせず、完璧に退散しきったグスタフにどうしても溜息がこぼれてしまう。
シンと水を打ったような静けさは、逆に睡魔を追い払っていく。
瞼を下ろしてみても、視界に映るのは暗闇でなくニコリともしないグスタフの顔だ。
「………戯れ、ですか………」
今まで浮かべていた笑みを無くしたゲーニッツは、目を細く開いて閉じられた扉を眺めた。
ようやく闇に慣れた視界が捕らえるのは堅く閉ざされた扉だけ。
どれだけの時間見つめていようとも、再びあの扉が開くのは朝日が昇ってからだ。
常は風を操る指が、整えられたシーツを撫ぜて、殊更重い息を吐いた。
「……彼にとって、私は只の上司でしかないのでしょうね」
暗闇の中に落ちる呟きは、自分で考えていたよりも悲しげに響く。
その事実がどれだけ自分にとって憂いを孕むものであるのか雄弁に語っていた。
グスタフが手袋を外したところなど見たこともないのだから、白く冷たいシーツには何の名残も残されていない。
それを経験から知ってるはずなのに、ゲーニッツは微かな温もりがあるのを期待してしまう。
ゲーニッツは鉄壁にして完璧な腹心の体温すら知らないのだ。
指先で折角整えられたシーツを掻き乱すように握りこんで、顎が下がる。
「……愚かしい……」
指先で包んだシーツから、冷たさを奪い、己の体温を移していく。
これがグスタフの手のひらだったらどれだけ良いだろう。
自分がどれほど酷く救えない報われない感情を抱いているかなど、誰より知っている。
グスタフがゲーニッツを崇拝するのは忠心のなせる業ではない。
彼の中に流れるオロチの血がそうさせるのだ。
階位が上のものには絶対に服従する、そう、まるでゲーニッツが一族の長たるオロチに抱く感情となんら遜色がない。
そんなことは転生を繰り返し、幾度死んでもオロチの従順な家臣であり続けるゲーニッツには痛いほどよくわかる。
唇を合わせれば迷いなく応じるだろう、肌を求めれば自ら寝台に上がるだろう。
だが、それはグスタフの意思ではない。本能という名の血がそうさせるのだ。
「―――……」
ゲーニッツは幾度となく至った結論に、今宵も顔を歪ませた。
グスタフにとってゲーニッツは上司であり、掛け替えのない一族の導き手でしかないのだ。
幾度となくグスタフを想っても、絶望的な事実の前では都合の良い幻想すら抱けない。
グスタフの忠信も尊崇も厭うたことはないが、いつもこの瞬間だけそれが憎くて悲しい。
あの手も声も。全てがゲーニッツの思い通り、望み通りに動くけれど、それに決して感情が伴わないのを知っているからだ。
「―――……グスタフ……」
まるで許しを乞うように、ゲーニッツはグスタフの名を呼んだ。
空気を揺らすことすら禁じるようなその声は、吐息に近い。
それ以上の声量での呼び声は、きっと忠実なる部下の足を呼んでしまう。
ゲーニッツが呼んだら、グスタフは必ず姿を現す。それが導き手の手足たるグスタフの責務だからだ。
それがゲーニッツ個人である理由はなく、一族の導き手という役目を背負う者であれば、グスタフは誰であろうとそうするだろう。
心中でそう呟くたびに、ぎりぎりと心臓が痛んではゲーニッツの呼吸を僅かに乱した。
「………グスタフ………」
一族の導き手でなければ、グスタフの近くにあることも、傅かれることもなかったろう。
ならば、今の状態は決して悲観するものでもないと自らを慰めても、心は一向に晴れない。
むしろ暗雲ばかりが生み出されては、ゲーニッツの思考を黒く染めていく。
ゲーニッツは疲れ果てたように寝台に倒れこむと、両手で目を覆った。
月光の微かな光すらも拒絶して視界を完全な闇に閉ざすと、今度はグスタフの顔は浮かばなかった。
それに安堵するよりも、瞼の裏ですら会えないことが辛いと思う自身が嫌だった。
ゲーニッツの心中を乱す部下は、何も見せてはくれない。
夜に慣れた目に、焦がれる相手の後ろ姿さえ見せない闇のように。
それが嫌だと感じる心が邪魔で、ゲーニッツは意識を無理にでも眠りに引き落とす。
精神の安らぎも身体の休息も二の次で、ただ時間を消費させるための眠りは浅い。
それでも、目を閉じていれば朝が来て、またグスタフに逢える。
それだけを心の励みにすると、ゲーニッツは浅い眠りを漂った。
ただひたむきに朝日を望む人外に、声も出さずに夜が笑った気がした。