M25 ただの物置。

祭祀様は夢を見ない



!注意

ゲーニッツ×グスタフ。
主従諸共乙女&相互片思い臭きつめ。
キャラ崩壊、嘘設定などを受け付けない方は要回避。


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重ね合わせた唇は人肌には僅かに足りず、ひんやりとしていた。
人の体温を有するグスタフの唇とは根底に流れる血の濃度が違うのだ。
小さく喉の奥で、「ん、」と短い声を漏らすのを皮切りに、
ゲーニッツの人より長い舌が口腔に忍び込んでくる。
歯列をざらりと舐め上げられて、柔らかな粘膜が微かに痙攣する。
グスタフにもキスの経験くらい五万とあるが、相手が悪すぎる。
なにせ、グスタフにとってゲーニッツとはただそこに在るだけで心中を嵐のように掻き乱すのだ。
そんな相手との口付けにそつなく対応出来るほどグスタフは朴念仁ではない。
口腔を舌先で掻き乱されただけで身体は熱を覚え、伏せた睫が揺れた。
グスタフの緊張を愉しむように、ゲーニッツは首の角度を変えて口付けを深めてくる。
触れ合う唇にグスタフの体温が移っているのか、段々とゲーニッツの唇も熱く変わってきた。
ゲーニッツの背中に回し、添えるだけだった指先が蒼衣に微かな皴を作る。
その反応に気を良くしたのか、僅かに上体を傾けてグスタフに覆いかぶさるように上顎を舐めてきた。
グスタフの細い腰は撓り、殆ど腰に回されたゲーニッツの腕に頼っている状態だ。
口付けが甘く、舌を絡めているだけで神経が麻痺するような恍惚を感じる。
それでも必死にゲーニッツに応えようと舌を差し出し、自らも舌裏を舐め上げる。
とろり、と口内で交じり合う粘液で、お互いの境界が曖昧になり、
グスタフは唇を震わせるようにして吐息を漏らす。
その途端、ゲーニッツに足を払われて、背後の寝台に向かい身体が落ちていく。
心地良い浮遊感と、倒錯的な背徳感に包まれて、グスタフは閉じた瞼に力を込めた。



「……………また、か」

朝の日差しがカーテンの隙間から差し込み、グスタフは日の光を遮るように、
手背で庇を作って疲れたような声を出しながら起床の第一声を漏らした。
窓の外で囀る小鳥の声も、清々しいほど晴れた青い空も、
グスタフの中にある憂鬱とした自己嫌悪を掻き消すことは出来ない。
グスタフは溜息を隠しもせず、大きく吐き出しながら、額を押さえて、
しばし、自分が今まで見ていた都合の良すぎる夢を恥じた。
グスタフの直属の上司であるゲーニッツに恋情を抱いたのは昨日今日の話ではない。
初めは海より深い崇拝だったはずなのに、姿を見かけるたびに、声を掛けられるたびに、
胸の内に齎される敬愛は姿を変えて、胸を掻き毟りたくなるほどの浅ましい感情に変化していた。
己には過ぎた、そして報われぬ恋慕だと思い知っていただけに、グスタフの内心は荒れに荒れた。
昼は従順な部下としてゲーニッツの隣に侍りながら、夜は嘔吐するまで酒を呑み、
まるで息絶えるように眠った――どちらかと言えば気絶と評する方が正しい――時期もある。
自分の中の感情を散々詰り、否定に否定を重ねても拭いきれるものではないと悟ると、
とうとう諦めたように胸にその感情をしまいこみ、最近漸く落ち着いてきた所なのだ。
己の感情に鍵を掛けることは今でも苦労するが、それを外に出すような真似は決してしなかった。
どんなに荒んだ夜を過ごしても、次の日には一糸乱れぬ佇まいでゲーニッツの傍に控えた。
それは長く、それこそ両手では足りぬほど長い年月、
グスタフを傍に置いているゲーニッツすら気がつかない程の徹底ぶりだった。

「………此処のところ、毎日だな」

一人ごちるように感情を押し殺したような低い声を出して、今一度息を吐く。
どれほど丁寧に、頑丈に心に鍵を掛けたとしても、無意識のうちにゲーニッツを求めてしまう。
夢も見ないほど深く眠ろうとしても、空が白ばんでくる明け方は必ずゲーニッツの夢を見てしまうのだ。
脳内で作り出した都合の良い偶像だと分かっていながら、
グスタフはその夢に毎回歓喜を覚え、今日のように目覚めた途端、自己嫌悪に陥ることも少なくない。
想像の中では決して感じない唇の冷たさも、夢の中なら感じられる。
それはまだ人間に近いグスタフの体質の所為かもしれないが、
グスタフからしてみれば、殺しきってしまおうとしている感情を煽るには十分で、
頭を切り替えるまで暫しの時間を要する。
それでも、体内時計が敬愛する上司の起床時間を知らせると無理やり寝台から身体を引き剥がし、
己の衝動も欲望も包み込む黒いスーツに身を包むのだった。



「おはようございます、グスタフ」
「おはようございます祭祀様、お加減は如何ですか?」

ゲーニッツの部屋のカーテンを開けて陽光を取り込んでいたグスタフは、背中に掛けられた声に応じて振り返った。
挨拶を送ってきたゲーニッツは寝台の上で一度寝返りを打ってから、億劫そうに身を起こしているところだった。
グスタフよりも一族の主たるオロチに近しい身である分、ゲーニッツは爬虫類の特性が強かった。
そのお陰で目覚めたばかりのゲーニッツは何処かぼんやりとしており、声にも緩やかな色が混じっている。
それはゲーニッツの起床を手伝うグスタフにしか見ることが出来ない特別な姿だった。

「ええ、悪くありませんよ。暫くしたら頭も冴えるでしょう」
「それは何よりです、今日の茶はハーブティーに致しましょうか」

潤む目を起こすように目頭を押さえているゲーニッツを微笑ましく思いながら提案すると、
お願いします。とやはりまだ眠たそうな声が聞こえてくる。
欠伸を噛み殺すような仕草は普段のゲーニッツでは見られないもので、グスタフの心音が人知れずに上がる。
理性がぐらつく音を誤魔化すようにカーテンをタッセルで留めてながら視線を逸らす。

「そういえば、最近は特にお目覚めが優れないようですが」
「………、……そうですか?」
「お疲れなのではないでしょうか」
「……ああ、いえ。…そんなことはありませんよ」

どこか歯切れ悪く答えるゲーニッツに首を捻り、祭祀様?と声を掛ければ、
今まで寝台の上でぼんやりとしていたゲーニッツが動き出して洗顔に向かうようだった。

「貴方様は我らオロチ一族の尊き導き手。――…何卒ご自愛ください」
「分かっていますよ、……下がりなさい」

本心からの言葉を吐くも、ゲーニッツはにべにもなく手を振ってグスタフの退室を促した。
しかし、グスタフは直ぐに退室せず、ゲーニッツの傍へと足を進めた。
これが己の本能の成す業なら理性で押し留めることも出来たが、
ゲーニッツの不調が危惧されるならグスタフを止めることは何人たりとも出来ない。
ゲーニッツ本人の意思すら振り払い、その後に懲罰を受けようとも安否を確かめずには居られないのだ。
大股で距離を詰めると、不遜だと自覚しながらゲーニッツの頬に掌を翳した。
瞬間的にゲーニッツが不快を隠さず、青の瞳でグスタフを睨みつけてきたが、
グスタフは引かずに、そのまま短い揉み上げを辿り、額にそっと掌を宛がった。
振り解きたそうにゲーニッツの指先がピクリと震えたが、それも見ない振りをした。

「熱は無いようですが……」
「ただの寝不足ですよ」
「最近はお忙しいようでしたし、無理をなさっているのではありませんか?」
「だとしても、貴方には関係のないことです。二度は言いません、グスタフ」

ばっさりと切って捨てられた挙句、暗に退室を促されるとグスタフも言葉を続けられない。
冷たい青の瞳に唇の裏を浅く噛んで、自らの力不足を痛感する。

「――…私では、貴方のお役に立つことも出来ないのでしょうか」
「…………うざいですねぇ」

普段から低めの声が更に低くなり、硬度を増してグスタフに突き刺さる。
額に添えていた指先が小さく震えて、唇を結ぶとゲーニッツは明確な苛立ちを交えて指先を払った。

「祭……っ」

それでも食い下がろうとするグスタフに足払いを掛け、
油断していたグスタフは受身も取れずにゲーニッツの寝台に沈んだ。
柔らかなマットは衝撃を全て吸い込んだが、グスタフの精神に齎された動揺は受け止められなかった。
しかも、混乱収まらぬうちにゲーニッツの顔が目の前までズイ、と迫ってきて瞠目する。
オロチの血を示す縦長の瞳孔はグスタフが持つそれより獣に近く、濃い血を感じた。

「哀れな羊を牧する職務についていますが、貴方の面倒まで見る気はありません」
「……ッ! ―――…存じております」
「それでも役に立ちたいと願いますか?」
「祭祀様のお役に立てることこそが私の喜びなのです」

何の迷いもなく応じたグスタフにやれやれ、と声を漏らしてゲーニッツは溜息を吐き出した。
たとえ、どれほど呆れられようともグスタフにとっての真理であり真情であった。
飲み込まれぬようにグスタフも眼差しに力を込めて真っ向から双眸を覗き込む。

「私の本音が、貴方に理解出来るはずも有りません」
「祭祀様……、」

吐息がぶつかるほど近い顔貌に息を飲む。
オロチ一族の頂点に立ち、最も神に近いゲーニッツの憂いなど如何すれば良いのか。
グスタフは自らの無力を痛感しながら、小さくゲーニッツにすがるような声を出す。
しかし、続きに添えようとした言葉は声にならず、喉の奥へ逆戻りした。

「………ッ!?」
「……………」

ゲーニッツの冷たい唇がグスタフのそれに重なったのだ。
ひんやりとした口唇は乾いていて、それなのに滑らかだ。
息をするのも忘れて、双眸を見開くとゲーニッツは器用な舌で以ってグスタフの口唇を抉じ開けてくる。
現実には起こり得ない展開にグスタフは即座に反応できず小さく唇を震わせたが、抵抗にもならなかった。
その間にもゲーニッツの舌が口腔に侵食し、グスタフの舌を舐めあげた。
滑る粘液が混じり合い、酷く熱い吐息を口腔で聞く。
ゲーニッツは噛みつくようにグスタフの舌を追いかけ、根元から絡めて、強引にも丁寧に摩擦する。
口の中で滑った音が響き、鼓膜を内側から震わせた。
余りのことに反応できないでいるグスタフの舌を弄び、舌先で柔らかな舌根裏を擽る。
ジン、とした甘い疼きが腰に走り、ツ、と舌を伝う粘液に唇が戦慄く。
柔らかく唇を押しつぶされると、自ら啄むように吸いついてしまう。
無意識のうちに伸ばしかけた己の腕に気がつくと、、
貪欲に流されている自身を自覚し、グスタフは思わず声を上げた。

「さ、…い……ッ」

その声咎めるような声に弾かれたようにゲーニッツはグスタフの肩を掴んで引き剥がす。
眉間に皺を寄せ、濡れた瞳で切なげにゲーニッツを見れば、何処か苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
グスタフは息が上がり、胸板が浅く上下している。
恍惚に溶けかけている眼差しでゲーニッツを見ながら、それでも瞳に疑問の色を混ぜた。

「祭祀、様……」

ゲーニッツはグスタフの呼び声に答えず、視線も合わせずに身を起こすと、
グスタフを振り返る事も、声を掛けることも無く、振り切るように扉へ向かってしまう。
引きとめなければ、と思うのに、今し方の衝撃が強すぎてグスタフは身動きも取れない。
蛇に睨まれた蛙でももう少し反応のしようがあるだろうと思うほど、身体が言う事を聞かなかった。
ぐったりと寝台に横たわるばかりの自分を自覚すれば、不甲斐ないとすら思った。

「――…ああ、グスタフ」

何事も無かったかのように、ノブに手を掛けながらゲーニッツが声を出した。
グスタフは即座に応じようとした、ハッ、と短い吐息を漏らすだけで精一杯だった。

「口付けをされると、誰にでも腕を回すのですか?」

茶化すような言葉だが、声は酷く硬質で、怒りさえ孕んでいるように感じた。
その言葉を残し部屋の扉が閉まる音が続く。
ただ言葉の意味を理解するには長い時間はいらなかった。
先ほどのグスタフは完全に動けずにいたのだ。
敬愛する祭祀様に不遜にも腕を回したことがあるのは夢の中だけだ。
―――グスタフが夢だと思い込み、現実ではないと決めつけていた唇の冷たさ。
唇合わせた時に生まれる燃えるような熱さ、まざまざと思い出して心臓が早鐘を打つ。
唇に伝わったのは冷たさと喰われるような熱だけだったはずなのに、
今は触れあった場所から火が付きそうなほどの熱が放出し、グスタフの肌をうっそりと染めていた。
グスタフの唇から始まった熱は肺腑すら焼いて、心音が鼓膜の傍で聞こえた。
口元に運ぶ指さえ震える、これは未だ自分が見ている都合の良い夢なのか。
こめかみにチリチリとした痛みが走り、眼頭がピクピクと痙攣する。

「……なんと言う事だ」

呟いた声は熱に掠れて、声と言うには覚束なかったが、グスタフは瞼を伏せた。
口元に掌を宛がい、込み上げてくる感情を噛み締めるように息を吐きだした。


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