Sleeping Baby
!注意
グスタフさんとオズワルドさんで師弟設定小話。
オズさんがナチュラルにグスタフさんに甘く、
グスタフさんがかなりの甘えん坊なので注意。
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冬の彼の記憶と言えば、まるで天使のような寝顔を思い出す。
いつも憎まれ口ばかり叩く口を緩やかに閉じて、此方を射殺さんばかりに睨んでくる瞳も伏せられて、穏やかに眠っている姿が蘇る。
幾ら虚勢を張って大人ぶっていても、彼はまだ年若かったし、何より可愛げがあった。
茶化せばすぐに噛みついて、叱れば猛反発して師である私に何度も挑んだものだった。
現在のように、僅かに目を細めて、鼻を鳴らすだけで通り過ぎるなどと言うような小憎たらしい真似などせず、真っ向からぶつかってきたものだったのだ。
そんな彼も昔は、こと冬季になると吠える率が格段に下がり、ミスも増えた。
人ではないと聞いていたから、野生の本性に引っ張られているのだろうとは予想がついたが、それにしても顕著だった。
日中はまだしっかりとしているのだが、日が傾くにつれ、彼の瞼も重みを増して、首がゆらゆらと揺れた。
本人は襲いくる睡魔に抵抗しようとするのだが、如何せん身体の訴えを却下できるほど精神が成熟していなかった。
何度も瞬きをして、白河夜船に頻繁に乗船していたものだ。
彼が修行途中で倒れるように眠ってしまったこともある。
幼いころから体力面だけが不安要素だったのは、それも関係するのだろう。
殺し合いの最中で意識を飛ばす事がどれ程危険か、懇々とした説教は何度したか覚えていない。
それでも眠気眼で聞きながら、温もりを求めて鼻先を押し付けてくる彼を無下に出来ず、結局何時もおぶって帰ったものだ。
なにせ、オズワルドは彼が見せる子供らしい顔など、それくらいしか知らなかったのだから。
だからこそ、ある日、彼が突然家を飛び出し、消息を絶った後も、冬になると眠そうにしている幼い顔を思い出した。
彼がその後、どんな人生を歩み、どれほど努力したかは知らないが、再会した時にはしっかりとした大人の男になっていた。
あのころはまだ、あやふやだったオロチ一族としての宿命も、何もかもを飲み込んで、一目で人とは別のものなのだろうと、理解できるほど大きくなっていた。
――――……そう、思っていたのだが。
「……寒いと眠くなるのは変わらないんですねぇ」
オズワルドは呆れたような声を出しながら、控え室のソファに頬を預け、転寝するグスタフを見下ろした。
長い手足を組んで顎を引き、座位の姿勢を保っているものの、薄く開いた唇からは邪気のない寝息が聞こえてくる。
肩を竦めてから、この無防備な弟子の処遇を決めあぐねる。
幾ら同チームと言えど、もう弟子でもなければ師匠でもないのだし、放っておいても勿論良い。
しかし、幾ら空調が利いているとはいえ、羽織るものも何もない状態では、寒さに目を覚ますまでそう時間は掛からないだろう。
背筋をピンと伸ばしたまま、隙を見せずに眠りの海を漂う癖、普段隠し持つ棘が見えない。
それだけで、無防備に見えるのは単なる欲目かもしれないと思う。
オズワルドはとりあえず、何か掛けるものを、と考えて視線を彷徨わせつつ手袋から老いた手を抜いた。
「ん……、」
「………おや?」
殺しきっているはずのオズワルドの気配に気が付いたのか、グスタフが小さく眉を震わせる。
低く掠れた声が追従し、オズワルドはサングラス越しの瞳を細めて気配を押し殺すことに集中させる。
されど、空気に溶けようとすればするほど、グスタフは執拗に気配を追いかけ、夢の世界でもがき続ける。
あと少しで起きてしまう、そうオズワルドが察した瞬間、グスタフが身を捩り、今まで均衡を保っていた体勢が瓦解した。
恐らく、気配の正体を掴もうとしたのだろう。このままでは床に落ちると予測した瞬間、オズワルドの行動は決まっていた。
一足先に革手袋が指先を離れて、床へと特攻をかける。パサリと軽い着地音を響かせたのをどこか遠くで聞いた。
グスタフと言う男は人の気配には敏感なくせに、自分は床で寝ていても何も思わないのだ。
咄嗟に気配を殺すのも忘れて、両腕を差出し、グスタフの細い身体をしっかりと抱きとめる。
見事に床へのダイブは阻止したものの、身体の上体をオズワルドに凭れさせる体勢だ。
幾らグスタフが細身だと言っても、中腰のオズワルドに掛かる負荷は並大抵のものではない。
今まで殺していた気配を空気に馴染ませ、もはや意味の無くなった配慮を捨てると、低い声をグスタフに掛けた。
「グスタフ、起きなさい。落ちますよ」
「………む?」
「眠いのは分かりますが、一度起きてください」
「……………、」
グスタフの重みと、冷たい体温がオズワルドに伝わる。
眠っても体温が中々上がらないのは種族所以の特性だろう。
グスタフは薄く瞳を開き、眠たそうな眼差しでオズワルドの瞳を覗きこむ。
一瞬だけ、二人の間で沈黙が流れ、オズワルドが口を開くより先にグスタフが呟いた。
「………なんだ、貴様か」
実の師匠を貴様扱いする弟子を叱れないのは、オズワルドの鷹揚さではなくただの身内贔屓だった。
今まで以上にずっしりとオズワルドの身体に体重を預け、指先でスーツを手繰って鼻先を埋める。
「もう少し寝かせろ」
不遜な物言いは他人に言うよりもう少し強くて、対立者に言うよりもう少し柔らかい。
その癖、抱き寄せる腕は力強く、子供らしくない。
オズワルドは中腰のまま、眠りに落ちていくグスタフの横顔を見て小さく喉を振わせた。
「あれだけ、しっかりと教えたのに、人気のある場所で眠れるなんて弟子失格ですね」
「知った口を聞かないでもらおうか。……もう、子供でもなければ弟子でもない」
語尾に混ざる苛立ちを正確に感じ取り、今度こそオズワルドは隠さずに笑みを漏らした。
グスタフの片眉がピクリと跳ねた気がしたが、それ以上の追従はなかった。
人の気配に敏感なくせに、それがオズワルドのものと分かれば大人しく腕に落ち、憎まれ口を叩いて牙を剥く。
警戒しながら安全圏だと判断するそのグスタフの機微は、オズワルドには分からない。
(けれど、ああ―――…、)
やはり弟子など取るものではないな、と吐息の笑みを零す。
勝手に飛び出して、勝手に甘えて、親の心子知らずと言うが正にその通りだ。
既に師弟の関係でもないのに、この我儘で尊大で言う事を聞かない男が、世界中で誰より可愛いなんて、口が裂けても言えるわけがない。
やはり、弟子など取るものではない、と何年も前の己の行いを悔いながら、オズワルドはグスタフの身体が冷えないように強く強く抱きしめた。