Darjeeling tea
!注意
ゲニグス小話。
祭祀様がちょっとデレ。
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ティーポットから琥珀色の紅茶が湯気を立ててカップに落ちていく。
紅茶の強い香りが室内を室内を満たし、穏やかな時間を演出する。
本を開くゲーニッツの傍らに慣れた様子で、音も立てずにカップを置いて、グスタフは浅い一礼を送る。
さらりと糸のように細い黒髪が肩を撫で、胸に落ちた。
ふと、その動きに視線をスライドさせたゲーニッツがまるで世間話のように口を開いた。
当然、本は膝の上で開いたままだ。
「首元に傷とは貴方も不用心ですね」
「は…」
短い返礼を返すも、グスタフは一瞬言葉の意味を考えて、
本日の大会で作ってしまった怪我を見咎められたのだと理解した。
試合には勝利したが、一度落としてしまったラウンドで肩から首筋へかけて創傷を作ってしまったのだ。
深い傷でもないので、テーピングをするだけに留めたが、シャツの合間から見えてしまったらしい。
一族を背負って、などと大層なことが言える立場ではないが、
やはり負けるより勝つ方が良いし、出来れば傷も少ない方が良い。
人間種相手に、面子云々を拘るわけではないが、同じ会場の、
別の大会に参加していたゲーニッツはラウンドすら落とさずに勝利したと聞いている。
「貴方はガードが甘いですからね」
「お恥ずかしいことです」
攻防共に安定している導き手に比べると、グスタフの戦い方は攻撃に特化していて何処か危なっかしい。
指摘された言葉に顔を上げず、瞼を僅かに下ろして低音の声を受け止める。
「今日の試合も派手にやられていましたね。過信し過ぎると人の身では無いとはいえ、命をおとしますよ?」
「……………」
「そもそも、失敗するくらいなら当て身など狙わない方が良いのではないですか?」
次々にチクチクとした言葉の刃で刺されて、グスタフは気が落ちていく。
返す言葉も無い、と瞼を完全に閉じようとした所で、ふとある事に気がついて、瞳を開き、顔を起こした。
「結局、勝ち越したから良いものを……」
「祭祀様、」
不躾だと分かっていながら、グスタフはゲーニッツの言葉に重ねて割り込んだ。
ゲーニッツ自身もその『ある事』に気が付いていないのか、胡乱な眼差しをグスタフに向ける。
その様を見やり、グスタフは率直にして、確かに芽生えた疑問を、包み隠さずに口にした。
「何故、本日の私の試合を御存じなのでしょうか?」
いくら同じ会場と言えど、別の大会であるだけに偶然試合を見る事は不可能だった。
無論、同じ会場であるから、偶然でなければ観戦することは容易だ。
試合時間を確かめさえすれば、自分の試合以外は割と自由に動けるのだ。
ただ、そこには絶対的に、観戦の意思が必要となる。
――――意味深な沈黙はたっぷり三十秒。
暫く、同じ瞳孔を持つ視線を交わしていたが、逸らしたのはゲーニッツが先だった。
少しばかり冷めてしまったカップに指を絡め、何食わぬ顔で紅茶を啜る。
外された視線は途中で放り出した本の上に落ちていた。
だが、文字を追っているわけではないのだろう。
グスタフは取り繕うような仕草に如何しても押え切れず、口角を僅かに持ち上げてしまう。
平時と変わらぬ横顔を見せながら、紅茶を啜るゲーニッツに双眸を撓め、今一度深く礼を向けた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません、祭祀様。次回からは一層、注意いたします」
ゆっくりと持ち上げたグスタフの視界には、むき出しの耳朶を染めた愛しい上司の姿が映る。
最高級と評される紅茶が立てる甘い香りよりも、なお、甘そうな桃色をしていた。