M25 ただの物置。

まるでこの世の果てのように



!注意

原作ゲニ死亡後のゲニグス小話。
KOF MAXIMUM IMPACT REGULATION "A"の特設サイトに掲載されている、
オリジナルストーリー『メランコリア』を先に御覧いただくと、
どぎつい妄想っぷりが良く分かるかもしれません。


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風が枯れ茶けた草を撫でて丘の上へと登っていく。
肌に触れ、黒髪を揺らす風に背中を押されて、グスタフは隆起の激しい丘の上を目指す。
ほぼ半日空の旅を強いられ、八時間の時差を抱えた身には厳しい行程だ。
シャルル・ド・ゴールからボルドー経由で更に七時間鉄道に揺られた。
案内に雇ったタクシーは荒れ地に差し掛かったところでタイヤが悲鳴を上げ、多額の金を置いて捨ててきた。
強行軍の果てに辿り着いたのは、枯れ草ばかりがおざなりに生息する荒野。
遠くに見えていた古城と呼ぶにはおこがましいほど寂れた城砦跡はもう間近まで迫っている。
かつては堅牢として、フランク王国を迎え撃った石壁は雨風に晒されて何世紀も経ち、色褪せて乾き焼けている。
グスタフは入口を塞ぐように積まれている石材を避け、罅割れた石畳に降り立った。
生きているものの気配など何も感じない。けれど、グスタフの足元を緩やかな風が撫でていく。
その風は足を掬うようにそよいで、やがて一層強く渦巻きグスタフの足を急かす。
まるで導くかのような風に、呼応してグスタフの心音が早まり、
丘を登っただけだと言うのに息が荒くなる。
いや、本当はこの地に降り立った瞬間から、焦燥とも言える感情に鼓動が加速していた。
先ほどから幾度も吐き出している息をのみ込むと、風を掻くように足を踏み出した。
天井が落ち、空の見える大広間からは主塔への階段が続いている。
グスタフは迷わず、ずれた階段に足を掛けると踏みしめるように空を目指す。
風が耳元で強く鳴り、己の高鳴る鼓動すら聞こえない。
瞬きする事すら出来ず、階段を上り切ると残骸と言って差し支えない外壁の上に出た。
何時か見た青に似た空が視界を占めて、びゅう、と風が強く吹き荒ぶ。
視界を遮るように揺れる黒髪を押えるのも忘れて、視界に入ってきた人影を大きく眼を見開く。

「――…ようやく来ていただけましたか」

その声はかつてグスタフが狂わんばかりに渇望したもので、知らずの内に目の縁に熱いものが溜まる。
呼吸も、声も、時間も、ともすれば心臓を打つ脈すら忘れそうになる一瞬。
喉は荒野よりも荒れて乾き、息を震わせて立ち尽くすしか出来ない。

「本当なら迎えに行きたかったのですが、我らが主だけを残していくことは出来ませんからね」

穏やかな声は風に乗り、青い法衣は強風の中でも緩やかにウェーブを描く。
しかし、その足元に影はない。

「さ…、」

紡ぎかけた言葉を言いきるのは躊躇われて、不敬にも語尾が風の中に消えた。
吐いてしまうと消えてしまいそうだった。瞬きをすれば夢から覚めてしまいそうだった。
荒れた城壁は今まで見たどんな景色より光り輝いて見えて、一等の舞台となる。

「極東から大分離れてしまいましたので、来るかは賭けだったのですが」

吹き荒ぶ風が空さえ動かす。
ゆっくりと笑う顔をしかと視界に納めたいのに既にぼやけて上手く像を結ばない。
まるで芝居のように緩慢に片手を差し出されて、グスタフは覚束ない足取りで距離を削る。

「お待たせしました、グスタフ」

グスタフは声に誘われるまま、前のめりに倒れるようにして冷たく質感の無い手を握り締めた。
握りしめた五指が確かめるようにグスタフの手を握り返し、包み込む。
冷たく、人のものでも、この世のものでもない掌はグスタフの冷え切っていた心を溶かす。
全てを振り切って、一族の目的すら余所にして、がむしゃらに追い求めた掌がグスタフの何もかもを癒していく。
感情を御しきれず、口を開けば先ず嗚咽が零れる。
しっかりしなくては、と己を奮い立たせ、気を込めて声を喉から絞り出す。
それでもグスタフの低い声は、やはり震えてしまっていた。
クスクスと密やかに、茶化すように笑う声すら懐かしく、グスタフの心臓を鷲掴みにする。

「……お帰りなさいませ、ゲーニッツ様」

なんとか吐き出した言葉は、余りにもありきたりで、率直で、グスタフの心からの本音だった。
ゲーニッツは縋るような手を、愛しむように掌で強く、強く握りこみ、双眸をやんわりと撓める。

途端、透明な雫を零しだす忠実にして愛しい部下へ、ただいま帰りました。と優しく告げたのだった。



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