黒暑―こくしょ―
!注意
グスタフ×ユウキで節電?小話。
捏造カプだったりしますが、節電は無理せず計画的に。
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キッチンで珈琲を淹れていると、リビングからゴト、という音が響いてきた。
室内に一人でいれば何の音だと怪訝にも思うが、グスタフは大して気にした風もなく細かい氷の入ったグラスに珈琲を注ぎ入れ、ポーションとガムシロップを一つずつ持ってキッチンを出た。
リビングへと足を向ければ、大方の予想通り、開け放した窓の前で見慣れた茶髪が倒れている。
先ほど聞こえた不穏な音は、差し詰め勢いに任せてフローリングに倒れこんだ音だろうと当たりをつけてローテーブルにグラスを置いた。
「ユウキ、起きろ」
呼びかけに、ぴくりと肩が揺れるがそれだけだ。
どうやら梅雨とも思えない今年の暑さに相当参っているらしい。
グスタフとて暑さに強いわけではないが、もともとの体温が低いせいかそこまで辛くはなかった。
ユウキがこれほどバテているのは、基礎体温が高いからではないかとも思うが、それを指摘して子どもの臍を曲げることはあるまい。
そう心中で結論付け、賢明にも沈黙を選んだグスタフはアイスコーヒーの片方へガムシロップとポーションを入れて掻き混ぜた。
濃い黒の中でシロップとポーションが層を刻み、マドラーによって境界線を壊されていく。
未だ冷たいフローリングに懐いているユウキの首根っこを掴み、猫の子を持ち上げるように上に引っ張ると漸く手が持ち上がって自重を支えた。
「…グスタフさん、苦しいです」
「なら自力で起きろ」
いつになく弱弱しい声に何も思わない訳ではないのだが、このままフローリングに寝かせているよりも水分を補給した方が身体の為だろう。
ぼんやりと風に当たっているユウキに甘くなったアイスコーヒーを手渡すと、両手でグラスを受け取って頭を下げた。
「すいません、手伝いもしなくて…」
申し訳なさそうに眉尻を下げるユウキの頭を、気にするなという意思表示を込めて掻き混ぜると、僅かに憮然とする。
子ども扱いをされるのを嫌うということは知っているが、落ち込んだ様子の子どもに掛ける言葉など知らないのだから仕方がない。
ユウキは暫くグスタフと、ユウキ仕様に甘くされたアイスコーヒーを見比べていたが、喉の渇きには勝てなかったのか小さく肩を竦ませてから口をつけた。
グラスの中で氷が涼やかな音を奏で、ライダースーツから覗く首筋が露になる。
そこでグスタフは、トレードマークの赤いマフラーがないことに気が付いた。
視線だけで室内を探すとソファの上に置かれているのを見て僅かに息をつく。
ただでさえ白い肌だ。外で外していたら日焼けで酷いことになるだろう。
そう思ったグスタフは、ゴクゴクと音を鳴らしながらコーヒーを飲み干すユウキの首筋に手を伸ばした。
触れたユウキの肌は汗ばんでいたが荒れている様子はない。
心中で安堵の息を吐き、上下する喉仏を指先で擽れば面白いほど素直に引き攣った。
咄嗟にユウキは逃げるように上体を反らし、気道へと逆流したコーヒーにむせ返る。
「―――ぐ、ぐぐぐぐ、グスタフさんッ!?」
ゲホゲホと咳き込みながら、行き成りの接触に盛大に動揺するユウキに、グスタフは余裕綽々にコーヒーを啜った。
その姿が嫌に様になっていて、ユウキは思わず見惚れそうになってしまう。
しかしすぐさま我に返り、擽られた喉を片手で押さえつけた。
ドクドクと騒がしい心臓も出来ることなら押さえつけたいところだが、流石にそこまで露骨な反応はできない。
そんな初心な反応などお見通しなのだろう。グスタフは込み上げてきた笑気を殺し、何食わぬ顔でユウキに問いかけた。
「何だ」
「何だじゃないですよ!行き成り何すんですか!」
咳き込んで酸素が不足したという理由だけでは説明がつかないほど顔を赤くしたユウキに、殺したはずの笑気が息を吹き返す。
笑みはそのままグスタフの制止も聞かずに唇に浮かび、ユウキをからかうように言葉を軽くした。
「―――感じたのか?」
「っ違ッ!? 違いますよ!!」
余りの言葉に盛大に否定するも、強い否定が返って嘘くさい。
ユウキはブンブンと熱の篭っている頭を振って幾度も口腔で言葉を嬲った。
「ただ、その…ッ冷たかったから驚いただけですよ!!」
「ほぅ?」
「最近、夜だって暑いじゃないですか! 寝てるときも熱篭ってるような感じで、全然眠れなくて!」
だから冷たい手に触れられて驚いただけだと言い募るユウキの顔色は確かに悪い。
フローリングに倒れていたのは暑さにバテているだけだと思っていたが、どうやら睡眠不足も絡んでいるらしい。
確かにユウキの暮らすアパートでは夜でも暑いだろう。
グスタフは手で頬を仰いでいたユウキの手を取ると、そのままソファへと誘導した。
「ちょ、グスタフさん!? 今度は何ですか!?」
「寝不足なんだろう? 少し寝ていけ」
グスタフはそういうと、自身はソファへと腰掛け、ユウキの頭を膝へと乗せた。
無論のことユウキは盛大に抵抗したが、腕力の差以上に、夏バテというマイナス補正が掛かっているユウキに勝ち目はない。
暫くは暴れていたが、折角アイスコーヒーと風で冷やされた身体がまた熱を持ち出したあたりで余りの不毛さにユウキが諦めた。
「グスタフさん…せめて膝枕はやめてつかぁーさい…」
「首の裏を冷やすと血管が冷やされて全身の体温が下がるらしいぞ」
「――――…やめる気はないんですね…」
ソファに腰掛けたグスタフの膝に頭を預けていたユウキは、長いこと居心地が悪そうに身を捩っていたが絶えず髪を梳く冷たい手と開け放たれた窓から入ってくる心地よい風に段々と身体の力を抜いていった。
その様子を見ていたグスタフが頭上で笑う気配がした。どうせ子どものようだと笑っているんだろう。
正直、子ども扱いされることに慣れたくはない。これ以上は入ってきてはならないと、明確に線が引かれているような気がするのだ。
「―――グスタフさんは…」
慣れたくないし、認めたくない。理解したくない。
けれど、それでも、グスタフが大人であることと、ユウキがグスタフに比べれば子どもだということは事実だ。
生きている年数が違うという以上に、グスタフはユウキの知らない世界を山ほど知っている。
グスタフがユウキを子ども扱いするのは当然だろうと、客観的にならそう思えるのに、心が納得しない。
「暑さにバテる子どもがいたら、みんなこんな風にするんですか?」
心地よいまどろみに浸りながら、ユウキは何処か責めるようにそう呟いた。
グスタフを責める権利などありはしないと、大人ぶって自身を諌める言葉は聞こえない振りをした。
子ども扱いを止めてくれない相手に、子どものように我侭を言っても逆効果なだけだと分かっているのに、もしも自分以外の誰かがこの冷たい手を享受したらと思うと嫌で堪らない。
その思考すらも、我侭な子どもの煩わしい独占欲にしか思えなくて、ユウキはグスタフの答えを聞かずに目を閉じた。
穏やかに冷やされた身体は素直に休息を欲しがり、そのままユウキの意識を浚っていった。
「――――ただの子どもなら…そもそも部屋になんぞ上げるか」
グスタフはユウキの髪を梳きながら、そう口にした。
暑さでフラついている後ろ姿だけで、他人を部屋へと招くほどお人よしではないし、寝不足だからというだけで膝を提供するほど暇ではない。
眠りに落ちてしまったユウキに、この言葉と行動の真意は決して届くことはないだろう。けれど、それで良い。
起きているときに言ってしまえば、きっと今の均衡は崩れる。それが良しにしろ悪しきにしろ、少なくとも今のままではいられない。
まだまだ心も身体も幼い子どもなのだ。大人であるグスタフが好きにしていい相手ではない。
面倒なことをしているという自覚はあるが、その面倒に付き合う覚悟は出来ている。
「いい加減、自分が特別なのだと気づけ」
幸せそうに寝入ってしまったユウキに、グスタフは苦笑しながら毒づいた。