戸惑いの紅


くそったれ。

「それはかなり下品な言葉だから、言ってはだめよ」とシンシアから教えられていた言葉が頭の中を駆け巡る。
 くそ、くそぅ、くそったれ。
 言葉にして、ひと思いに吐き出したいほどに、何度も巡る。

「で、これは私が貰ってもいいわけだな」
「……どうぞ。どうやら貴方しか装備できないものらしいから」
 雪のように白い肌に浮かぶ赤く彼の薄めの唇の端が僅かに上がる。 
 ……くっ。また馬鹿にされた。くやしい。
 でも、思い知った。この男の力を。たぶん彼なしでは、諸悪の根元である、エビルプリーストを倒すことは出来ないだろう。
 こんなふざけた鶏と卵野郎がこんなに強いのだから。

「うむ!大事に使えよ!」
「ニワトリが大好きなワシは とっても気前がいいのだ!わははっ」
「ワシとニワトリへの感謝を忘れるなよ!」
「それを言うなら ワシとタマゴへの感謝だ!」

 丸いヤツがエッグラ、鶏頭のヤツがチキーラというらしい。ふざけた外見とは裏腹にとてつもなく強い。
 先頭にたってくれたライアンさんがチキーラの強烈な一撃で、瀕死の重傷を負った。
 わたしが回復役に専念せざるをない状況になってしまったので、主な攻撃はピサロに頼ることとなってしまったのだ。
 最初からこんな形であの男を頼るなんて。
 くそったれ。
 
「とりあえず、いったん退避して、どこかの街で落ち着いたほうがよいのでは?デリア殿」
「はい。そうします。ブライさん」

 わたしたちは、このわけのわからない世界から元の世界に戻るため、前のときに丸いのに言われた崖を飛び降りた。


 ※※※※※


 最終進化を遂げたと言われるデスピサロのところへ向かおうとしていた旅の途中。
 ゴッドサイトになにか凄い力を感じる大穴が開いたと噂を聞いたとき、わたしはなぜか妙な胸騒ぎを感じた。
 それとデスピサロを倒すための力をもう少し付けようと考え、噂の大穴へと向かったのだ。
 穴の中は不思議な迷路と、なかなか手応えのある魔物たち。
 そしてたどり着いた丘の上にあの二人組。
 仲間全員が瀕死になるほどの凄い戦闘のうえにわかった『世界樹の花』の存在。
 死んだひとを蘇らせるという花。
 仲間たちはわたしに選ぶ権利をくれたけど、わたしは戸惑った。
 出来れば育ったあの村の人々すべてに帰ってきて欲しいわたしは、誰かひとりだけ選ぶなんて、とても出来ない。
 それに村が襲われたあのとき、死体がひとつもなかった事がまだひっかかっている。もしかしたら、サントハイムの人々と同じ
ような感じではないかと。
 アリーナもクリフトもブライもサントハイムの人々が死んだとは考えていない。必ず帰ってくると信じている。
 わたしも心のどこかで父さんや母さん、師匠も長老もシンシアも村の皆がどこかで生きているのではないかと思うことがある。
 だから、あの村のあった場所で世界樹の花を使う気にならなかったのだ。 
 わたしは世界樹の花をマーニャとミネア姉妹に譲ろうとした。二人ならば生き返って欲しい「たった一人のひと」がいることは
分かっていたから。
 マーニャは一瞬受け取りそうな雰囲気だったが、ミネアが即座に断った。
「デリアが決めるべきよ。この花を何の為にどう使うのがいいか考えると、自ずと答えは出るはず」と言われて。

 わたしは考えた。
 今やらなければならないのは、デスピサロを倒す事。居場所分かっていて、もうそこへ向かうだけだった。
 わたしの頭の中をデスピサロに関する様々な記憶が駆け巡ると、ふとロザリーヒルでの出来事が浮かんだ。
 ロザリーという、シンシアそっくりの美しいエルフ。彼女の恋人を想う悲痛な叫び。
 そしてイムルの村で再び見たあの悲惨な夢。恋人を陵辱の上殺され、人間を憎むピサロの悲痛な叫び。
 ふたつの叫びがわたしの耳に木霊した。

 もしも、ロザリーが人間に殺されなかったら、彼はこれほどまでに人間を憎むと事はなかったのではないか?
 ……ロザリーが、もしロザリーが生き返ればデスピサロは、人間を滅ぼすなんて事を考えるのをやめるだろうか?
 そして、人間を利用しロザリーを襲ったのはエビルプリーストである事を伝えれば、真犯人が人間でない事を伝えれば……。

 そう考えたわたしは、ロザリーに世界樹の花を使うことを決意したのだ。


 そうして蘇ったロザリーを連れて、わたし達はデスピサロの元へ向かった。
「なにも、折角生き返ったロザリーさんをわざわざ危険な目にあわさなくとも……」と、クリフトは心配そうに言ったが、わたしは「考えがあるの」とだけ言って納得して貰った。

 デスピサロの前にロザリーを連れてゆくと、彼女は進化して異形のものとなり果てた恋人を見ても少しも戦慄くことなく、懸命に語りかけた。
「……思い出してくださいピサロさま。わたしたちが出会ったあの日のことを……。」と。

 恋人に語りかけに「何も思い出せぬ」といっていた異形のものは、見る見ると人の型へと姿を変化させ、正気を取り戻した。
 滝のように流れる長い長い銀の髪と、雪のように白い肌に浮かぶ紅く薄い唇と紅い瞳を持つものが現れる。
 
 彼だ。故郷の村で出会った、詩人さん。
 
 その姿を目の当たりにした時、わたしの胸はなぜか早鐘を打つように激しく高鳴った。
 そして再会を喜び、抱き合うふたりを見ると今度は胸が締め付けられた。

 どうして、こんな思いをするのだろう。とわたしは自分の気持ちに戸惑った。
 
 とりあえず正気を取り戻したピサロとわたし達はロザリーと共に今までの経緯をはじめ、色々と話をした。
 わたしは、これでピサロが人間を滅ぼすという考えを改めてくれるのではないか。と期待を込めながら。
 わたしたちはロザリーの事をある人間達にけしかけたのがエビルプリーストのしわざだと彼に伝えた。 
 そしてエビルプリーストもまた、魔界を支配するためすべての人間を滅ぼそうとしている事も。
  
 わたし達の話に納得した彼は、サントハイムの人々をある結界に閉じこめたのは、エビルプリーストである事を教えてくれた。
 そんなピサロはわたしたちと手を組んでエビルプリーストを倒そうと申し出たのだ。
 
 わたしは戸惑った。
 
 ただピサロを殺してしまう事をやめようとは思っていたが、まさか手を組んで一緒に戦うなんて、考えもしなかった事だからだ。
 それに……
 
 あの日。初めて出会った外のひと。
 わたしの中で沸き上がったあの不思議な想い。それに戸惑っているうちに起こった、魔物達による村の襲撃。
 今までの世界をすべて奪われてしまった、あの日。

 ピサロを目の前にし、その事を思いだすと、絶望に打ち沈んでいる内にかき消された、不思議な想いが、再びわたしの中に沸き上がったのだ。

「お顔の色がすぐれませんな。デリア殿。こちらで少し休みせんか」
 そんな想いに捕らわれ、黙り込んでいたわたしに、ライアンさんが話しかけてきた。
 続けてピサロに「少し失礼しますぞ」と言って返事を戸惑うわたしを彼の前から引き離すと、わたしの耳元でそっと囁いた。
 
「やはり、彼が憎いですか?」
 
 そう言われて、はっとなった。
 そう。今までこの男を「デスピサロ」を倒す為に旅を続けていたはず。

 「ええ。憎いです……でもライアンさん、よく考えれば……彼とわたしの憎しみに……違いはないと思うのです。どちらも大切 な人が殺された。そのための戦いなんて……」
 その時わたしは、ずっと考えていた事を口にした。でも上手く言葉を繋ぐ事ができず、たどたどしくなってしまった。
「……だからこそ、ロザリー殿を生き返らすことを考えられた。生きているロザリー殿を見れば、ピサロ殿が考え直すのではない かと」
 でもライアンさんは、世界樹の花をなぜロザリー使ったかと、まだ誰にも詳しく話していないはずの、わたしの考えをわかって くれていた。すごく嬉しかった。  
 そう。わたしは、この人が好き。たぶん出会った頃から、ずっとずっと好き。愛している……はず。
 なのにその時わたしは「はい」とひとつ返事をした後、ライアンさんから目を逸らしてしまった。
 なぜか後ろめたいような想いに捕らわれ、まともに顔を見ることができなかったのだ。
 
 逸らした先には、滝のように流れる、長い長い銀の髪の後ろ姿。
 それを見ただけで、わたしはなぜか胸の奥からこみ上げるものを感じ涙が溢れそうになったのだ。
 
 わたしは、その感情をライアンさんに悟られないよう、俯いたまま呟いた。
「……必要なのだと思います」
「はい。デリア殿」
「彼は……ピサロは必要です。サントハイムの人たちを取り戻すためにも」
「わかりました……ご自分で仰いますか?」
 わたしは無言のまま頷くと、ピサロのほうへと振り向いた。

 ゆっくりと近づくわたしを見つめる彼の紅い瞳。
 自信に満ち溢れその瞳を見たわたしの口から思わず言葉が漏れた。

「くそったれ」

 誰にも聞かれないくらい、小さな声で呟いたつもりだったが、その時ピサロの紅い唇の端が僅かに上がった。

 聞こえたのか?くやしい。と、その時のわたしは決意した事を一瞬後悔しかけた。
 でも、わたしは彼の前へと行き、大きく深呼吸をして告げた

「貴方と手を組むわ」
「ああ。それが賢明だ」

 そう言葉を交わすと、故郷の村で彼と初めて出会った時の事が、わたしの瞼に鮮やかに浮かんだ。
 あの日に感じた不思議な想いと共に。

 わたしは、すぐさま振り返り今度はピサロの姿を見ないようにした。

「さあ皆、これからの事を話し合いましょう。これだけ人数増えると、宿屋の部屋取りも大変だからね。トルネコさん。やりくり
お願いしますよ」
「……は、はあ。デリアさん」
「それとね、トルネコさん。あのふたりの食べるものを聞いておいてね。食料も考えなければいけないから、それから……」
 
 その時やたらと喋りまくるわたしをライアンさんが心配そうに見つめていた。


 ※※※※※


「ホント、ワケわかんない。あのふたり組。確かに手ごたえはあるけどね。もっとイイ男なら何度も行きたいけど……」
「えー。デリアまた行こうよ!あの二人組のところ、わたしはもっと腕試しがしたいよ!」
「でも、あまり何度行っても意味がないのではありませんか?今日貰ったものが、ピサロさんにしか使えないものだとすると、今 後私たちに役に立つものが貰えるかどうかわかりませんし……」

 宿屋の部屋で皆の話を聞きながらわたしは考えた。
 エグッラとチキーラのところへ今後も行くのか?あのふざけた二人組と戦う意味はあるのだろうか? 

「……あの二人組に……簡単に勝ようにならないと、エピルプリーストは……倒せない気がする」
「そうね。そうかもしれないわね」
「そうこなくっちゃ!腕が鳴るわ!」
「えー。メンドくさいわ……でもしようがないわね。ま、いいわよデリア。とりあえず、今日はもう寝るわ。あたし珍しくとても 疲れたから……」
「うん。おやすみなさい」


 とりあえず女たちは、今後もあの二人組と戦ってもいいと思っているようだ。
 明日、男たちにも聞いてみよう。
 ライアンさんはどう思うだろう?
 そしてあの男……ピサロはどう言うだろう?
『こんな馬鹿馬鹿しい奴を相手していないで、さっさとエビルプリーストの所へ行け』と言うのではないだろうか?
 でも、わたしたちに力が足りないのは今日実感したところだ。やっぱりあの二人組と戦って力をつけたい。
 でも、ピサロにそれを告げると又馬鹿にされるのだろうな。

 くそったれ。

 ……でも、あの銀の髪。綺麗だなあ。よく『思い出は美化されるもの』と言われるけど、そうじゃなかった。わたしの思い出の通りの銀の髪と紅い瞳。
 
 ああ……どうしてあの男の事を考えるのだろう。最近、寝る前はライアンさんのあの胸に抱かれる事ばかり考えるというのに。
 この旅が終わったらライアンさんに純潔を捧げよう。と、そんな邪な事ばかり考えていたのに。

 もう押さえきれない。
 ライアンさんに抱いて貰おう。
 そうすれば、あの男の事なんて考えなくなる。
 
 わたしはただ、あの男を利用するために手を組んだのだ。
 わたし達はあの男に利用されるのではなく、利用するのだ。サントハイムの人々を取り戻す為にも。
 
 …………。

 ライアンさんは断らないよね。
 わたしを受け入れくれるよね。
 優しくしてくれるよね。
 なんとか明日あたり、わたしかライアンさんが個室になるようにして、それから……。
 ああ、なんで今日、大部屋してしまったのだろう。そうじゃなかったら、今すぐにでも……。

 くそったれ。 

− fin−


あとがき

「勇者はなぜロザリーに世界樹の花を使ったのか」
DQ4に「6章」が出来てからの、永遠のテーマ。一応デリアはありきたりの理由を述べていますが、自分自身でも気が付かない本当の理由はすごく利己的です。

それでも「誰かひとりを選ぶなんてできない」のも本当の理由です。でも男勇者だったらやっぱりシンシアを選ぶべきかなと思ったりしています。


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