自分の匂いに満ちた室内こそが安息の場だと確信している子供の、癇に触るフラストレーションとは何か。
それは他人との接触であり、そこから生まれる皮膚と心のざらざらとした摩擦の感触だ。
自分の価値を高きに置けば置くほどに、低能に見える外の世界の住人達が煩わしくてたまらない。
クルルはうんざりするほど覚えのある思いを反芻している。
そこに居るなら居ていいぜぇ、俺は別に止めねぇ。
だがな、クソガキ。そこに隠っちゃどうしても知れねェ事があるんだ。
クックックッ…… どんな返事をするかは承知の上だが、忠告はしてやるぜぇ。
トロロの周囲に張り巡らされた壁はまだ厚い。
そしてクルルはその奥に居座ろうとするトロロを、これまでと違った角度から揺さぶるための仕掛けを用意する。
送られたデータの手付かずの部分を開くと、そこには予想通りの物が山程見つかった。
背後からクルルの行動を覗き込んでいたケロロが大口を開けて「あ」と声を出す。今度モニタ上に踊ったのは、素人にも一目瞭然な内容だった。
「単純なことだぜぇ、隊長。でもな、個室で過ごしてるクソガキにゃ、自分の中味がどうなってんだか、教えてくれる奴がいねぇからな」
「あー、そっか。そういう事か。……でもサ、こういうのって……」
クルルは画面に顔をくっつけるように見入るケロロを、面白そうに傍観する。
「なっつかしー!」
嫌に楽し気なケロロの中に何が去来するのか、クルルにはわからない。
こんな物や時代に、失笑する以上の思い出などない。
そういう意味では自分は電脳世界に潜るトロロと同種なのだと、改めてクルルは思う。
深く壁の奥へと潜る度に、ガルルはこの年若い部下が抱くどうしようもない焦燥感を、ストレートに皮膚に感じていた。
その感覚には覚えがある。遠い過去、間違いなく自分も抱いた苛立ちだった。
背筋をゆっくりと上ってくる不快感、そして叫び出したいような衝動。
既に忘れて久しい。しかしこれは決して特別な物ではない。
「トロロ新兵」
声に出して呼んでみる。
相変わらず返事はない。
この表皮がびりびりと粟粒立つような嫌な感触の正体を、もう少しで身体が思い出すところだった。
「トロロ!」
若い破壊衝動。
小さな部屋の奥で常にモニタに向かっているこの部下が、自ら閉じ込められてしまった籠の中。
無機的な筈の世界の壁面が、いつしか汗に湿った外皮のような感触を得ていた事に気付いた瞬間、ガルルは自分の中に懐古された感覚の正体を突き止めていた。
「……トロロ、こちらを向け。お前はまだ何もわかっていない」
作戦への緊張、そして恐れ。大人への反抗心と世界の理不尽への怒り。
それらも確かにある。しかし根本はもっとごく身近な箇所に存在した。
トロロが顔を上げる。ようやくガルルという異物を感知したらしい。
そうなるまであまり意識はしていなかったが、クルルが外部からトロロの世界へおこなった介入は、世間では間違いなくクラッキングと呼ばれる行為だった。
「私に気付いたな、トロロ新兵」
果たしてこの世界において、対話が成るのか。
視線は合致したものの、トロロの表情は硬いままだった。
「ここへ来い! 私はお前の悩みを知っている」
悩み?
悩みなんかないって。
ププププ、天才のボクに悩み?
そーんなこと言って、隊長のフリして罠にかけようっていうんなら、容赦せずこうしてやるからサッ
「トロロ!」
世界が一変する。
それまで見えていたものが幻であった事を痛感させるに充分な、あまりに大きな転換。
クルルの手管によって整然と構成されていた『世界』が、俄に瓦解した瞬間だった。
そう、ここはトロロだけの世界であり、自分は排除されるべき侵入者だ。
ガルルは天地すらが失われたその場所で、トロロに呼び掛ける。
既に身体の輪郭すらが歪み、色彩をぼやけさせつつある。
邪魔すんなヨ、もうすぐ作戦なんだ。
ボクに指図するヤツは全部、排除してやる。
本来感じる筈のない圧力、そして苦痛が流れ込む。
イメージの力でこの場を認識していた分、目に見える暴虐には必要以上に影響を受けてしまうものなのかも知れない。しかしガルルは怯まず、トロロに向き合う。
「トロロ! 排除できるものならやってみるがいい。今私の存在をここから抹消すればお前の悩みは解決されない」
「ウルサイウルサイウルサイ! ボクに悩みなんかない!」
「お前は苛立っていた筈だ。意味のわからない衝動に腹を立てていた筈だ」
「ウザイ奴、訳のわかんない事、言うなヨッ」
主の激昂と共に世界が震える。
しかしガルルは押しつぶされようとするこの場所で、ようやくトロロ本人と対話が叶った事が嬉しかった。
―――――新たな壁を突破した。
それは確信だった。
自分は間違っていない。
おそらくトロロがこちらの存在を認識し、何らかの働きかけをしたと同時に、クルルの仕掛けが発動する仕組みになっていたのだろう。
まるで整然と並べられたドミノが新たな色彩を露にして倒れてゆくように、周囲の背景が全く別の物へと置き換わってゆく。
勢いよく壊れゆく周囲の構造に紛れ、弾かれる事のないように、ガルルはその場にイメージだけの脚を踏み締める。
現実世界では時折ガルルの身体が揺れる度に、小隊の皆が右往左往していた。
プルル看護長が脈を取ったり血圧を計測したりする背後で、タルル上等兵はたまりかねてケロロ小隊のクルル曹長へと通信回線を開き、ゾルル兵長は見えない何かに動揺するトロロ新兵の身体を支える。
「え、え? もうすぐったって、一体隊長は……」
「何? クルル曹長は一体何て言ってるの?」
「何言ってんだか意味わかんないっスよぉ」
苛立ったゾルルがタルルの目の前にあった通信機器を取り上げ、オープンにする。
『壁はもうほぼ取っ払ったのも同じだぜぇ。何の事はねェ、このクソガキは今鵺ってヤツだ』
室内に響き渡るのはクルル曹長の声。
「鵺? 何だそれは」
「待って! 私は日向冬樹さんに聞いた事がある、……確か地球の架空のモンスターで、……ええと」
疑問形のゾルル、そしてそれを補足する形でプルルが叫んだ。
『頭がサル、タヌキと虎と蛇がごっちゃになった身体してやがる、ふざけた妖怪だ』
「どういう事? クルル曹長!」
『頭と身体のバランスがとんでもなく悪い状態ってこった。あんたらの隊長はそれに気付いたみてぇだがな』
響き渡った言葉。
その意味を最も早く理解したのは、医療周辺に通じたプルルだったらしい。
彼女はすぐさま自分のモバイル機器から、トロロの身体データを引き出す。
『女のあんたは馬鹿らしくって笑っちまうぜぇ。……でもな、これが案外世界を左右するほどの大事なんだ』
「私達にできる事は?」
クルルの返事は一呼吸後、まるで互いの秘密を明かすような慎重な口調で続いた。
『あのクソガキがスクスクと捻れて育つために、あんたら全員その部屋から消えてやる事だな。全部の原因は究明されたんだ。もう隊長殿にも直接の危険はねぇ』
「……あっ、ちょっと、クルル曹長!」
核心を明らかにせぬまま、一方的に通信は切れた。
クルルは通信回線を閉じた後、今度はガルルへと直接呼び掛ける。
『何だ、今取り込み中だ』
「だろうな、そう思って消えてやるところだぜぇ」
トロロのより深い内面に向かって何度もアタックを繰り返しているガルルは、普段の冷静な口調をほんの少し変化させつつあった。
しかし、その懸命さは決して傍観して不快なものではない。
『消える? 私は戻れるのか?』
「答えは出てる筈だからな。……これ以上他人の俺様が逐一覗いてやるのはチト酷ってもんだろ?」
その言葉だけでガルルは全てを悟ったようだった。
『そうか、辿り着いたか。さすがだな』
「クックックッ…… 俺様を誰だと思ってんだ? だがな、いくら俺が天才だとしても、そのクソガキを何とかできるのはあんただけだ」
『了解。作戦を続行、並びに完遂する』
「俺の後継者として、真っ当な捻くれ者に育てろヨ」
ガルルが何か答えたらしい。しかし全てを聞くまでもなく、クルルは回線を閉じた。
「俺達は撤退だぜぇ、隊長」
傍に佇んでいたケロロが驚いて振り向く。
「なっ、何で!? 見届けないの?」
しかしクルルの手は鮮やかにキーを叩き、ガルルの許にあるそれらとを完全に切り離す。
モニタの中には見慣れた基地の全景が戻り、トロロの奇妙な世界とは無縁の空間となった。
「クルルー!」
まだ未練を持って叫ぶケロロに、クルルは振り返りもせずに言い放つ。
「隊長にも武士の情けって言葉の意味はわかるだろぉ?」
自分の頭脳はあくまで軍に貸し出しているだけに過ぎない。
本来自分の全ては自分のためだけに存在する。
そんな思想をわざわざ再確認しなければならない事が、いかに異常か。
心も身体も自身の物だ、決して切り売りするための商品ではない。
それを一体誰がかつての自分に示してくれたというのか。
あの紫野郎にも使い道があるってこった
それに、あのクソガキだって馬鹿じゃねぇ
自分の中味が複雑に乖離した日々が甦る。
心と身体がまるで別々に動き始めた転機に、やはり今のトロロのような状態に陥った気がする。
当たり前の子供ならそれが取るに足りない日常として、馬鹿馬鹿しい思い出のひとつにもなっただろう。
しかしたった一人、大人の中で泰然と生きてきたクルルには、理屈に合わない身体の衝動全てが忌わしい物に感じられた。
『性徴の発露』。
たった五文字で簡単に解釈されるそれが、特別な環境にいる子供にどれほどの混乱を齎したか。
おそらく経験者にしか解るまい。
クルルが最後に残した仕掛けは、ガルルがトロロと対話を始めて数十秒後に発動した。
壁面を覆うパネル、そして紙のように薄いモニタ、そしてそこに映し出される暴力衝動をも含んだ画像。
それらは秘かにトロロがプライドと幼い欲情を折り合わせ、自身を騙しながら集めた虎の子だった。
こんな物まで数値化し、架空の世界でイメージとして構築できる事に、ガルルはただ感心する。
そう、それらはつい苦笑してしまうほど俗に塗れた物ばかりだ。
しかしトロロにとってはそうではなかったのだろう。
「ヤメロ、ヤメテ、ボク、こんなの知らない!」
それはまるで重要機密を暴かれたような必死の抵抗だった。
「ボクは天才なんだ、ボクはこんなの見ない、ボクは悪い子じゃない!」
頑にトロロを護っていたトロロの周囲のベールが急激にその色彩を失いつつある。
「落ちつけ、トロロ。お前は悪くない!」
「嫌だ、ボクは恥ずかしい子じゃない!」
最後の壁が突破されようとしていた。
機会は今しかない。
ガルルは思わず手を伸ばす。
「ヤメテ、こんなボクを、邪魔にしないデ!」
「邪魔になどするものか! お前は大事な私の部下だ!」
イメージのみの世界でありながら、触れた先にあったのは暖かい身体だった。
トロロ新兵が組み上げた作戦のためのシミュレーション。
それらは確かに最重要機密として、強固に何重もの壁で覆われていた。
しかし主にとって真に守るべきであったのは、すぐ表裏に存在したあまりに幼い目覚めだった。
破壊と性の衝動、幼くして軍に組み込まれた誇りと死への人一倍の恐怖、そして自分を認めてほしいと願う反面、常に母親に庇護される存在でいたいという矛盾。
整然と数式に変換できる世界に慣れたトロロを混乱させたのは、そんな理不尽そのものだったのか。
ガルルには、彼の悲鳴を聞き損ねた事が悔やまれてならなかった。
ここへ辿り着くまで、苦労したぞ。
ホンモノの隊長? ……でも、なんでこんなトコに
クルル曹長に協力を要請した。
……クルル? ああ、あのイヤなヤツ。
トロロはハッとして自分を掴まえにきたガルルの顔を見直す。
そう、ガルルがここに存在するという事は、隠しておきたかった奥底が知れたという事だ。
隊長、……ボクを見ないで!
落ちつけ、トロロ。……お前はまだ何もわかっていない。
ボクじゃない、あんなのボクじゃないって! 何にもしらない!
トロロ!
ボクを小隊から追い出す癖に、ボクが恥ずかしくてみっともなくて、弱い悪い子だから……
その幼い心の中で、どれほどの罪の意識に苛まれ、苦悩したことだろう。
ガルルは掴まえたオレンジ色の身体を抱きしめ、ゆっくりと語りかける。
「誰にも起こる事だ。お前は悪くない。恥ずかしい事でもない」
「お前は誰にも語らない。そしてお前は賢いから誰も教えない。……私の怠慢だった。済まない、トロロ新兵」
イメージのみの世界。
その中で交される真摯な対話は、どこまでも感傷的かつ体温に満ちた、実在感のあるものだった。
まさに自負に違わず、彼は天才なのだ。
「ここから出て対話をすればいい。小隊のお前の先輩は皆、話を聞いてくれるだろう」
「ボク以外のヤツらなんかバカばっかで、話す価値ナシだネ!」
「そう思うならそれでいい。しかし何の分野にも聡いお前が、知らない事を抱え続けるのに耐えられるのかな?」
トロロの世界が俄に変化する。
隠匿されていた物が嘘のような潔さでその姿を表したのは、主の思考能力の高さ、判断の速さ故の事かも知れない。
馬鹿でいるなんてまっぴらごめんだヨ。
そうだな、賢明だ。
ボクが更なる高みを目指すための、踏み台にちょうどいいしネ!
いい判断だ。
再びガルルがトロロを掴まえる。
今度こそ彼と共に現実世界へ帰還できるだろう。
腕の中の身体の確かな感触が物語っていた。
Mission Complete。
ガルルはイメージの世界の中でそう呟く。
―――――俺の後継者として、真っ当な捻くれ者に育てろヨ
そんな忌々しい言葉が甦るものの、既にガルルは次の段階へと進んでいる。
彼を真っ当な捻くれ者にはしない
捻くれた真っ当者へと育てるのが私の役目だ
それは隊に引き抜いた育ての親としての、先駆者クルルへのひとつの宣戦布告であったかも知れない。
ともあれケロン時間13時24分、トロロ新兵はガルル小隊へと帰還した。
F作戦開始のわずか8時間前の事であった。
現実世界へ戻ってきたトロロは、まず周囲を見回し、傍にあったコーラのボトルを持ち上げて言った。
「アレ? 誰こんなヌルイのここへ置いたの。ボクはキンキンに冷えたのしか飲まないって言ったのにサ!」
そして大きなモニタを前に、並んで座っているガルルを不思議そうに見る。
「隊長、こんな所へ何か用?」
「いや、珍しい体験をしてきた所だ。トロロ新兵、気分はどうかね?」
「ンー、悪くはないけど、お腹がすいたから何か持ってきてヨ」
その恍けた表情は、自分に起きた事に全く気付かないかのようだった。
「ね、隊長。これ、新しいのに換えてきてくんないかナ?」
ボトルを目の前に突き出され、ガルルはそれを受け取る。
そして受け取りざまにもう片方の腕で、ようやく帰還した幼い部下を掴まえ、抱き締める。
「……な、何ッ、たいちょー……!?」
「もう、どこへも行くな。そして私に心配をかけさせるな。……私はお前を危険な目に合わせたりはしない」
「……隊長……」
目を白黒させ、ガルルの挙動に面喰らっていたトロロは、やがてその力強い腕の中で安堵の溜息を吐く。
彼が安定を欠き、混乱を増す心に、ガルルを「父」に代わる力強い存在として認識した瞬間だったかも知れない。
そしてガルルは考える。
まず何から始めればいいのか。
この小生意気な、それでいて人一倍繊細な子供を相手に、慣れない思案を続けなければならない。
作戦が終わったら。
ゆっくりと少しずつ小隊で対話をすることだ。
若き日、やはり破壊と性の衝動に揺れ、闇雲に死を恐れながらそれをプライドで厚く隠匿し、奥底へ強引に塗り込め、幼い日々へと逃避しようとした経験を。
「変だヨ、ププッ、ボク夢の中で同じ事経験した感じ。……あれ、隊長だったヨネ?」
そうだ。
お前を掴まえたのは私だ。
ガルルは心で何度もそう繰り返しながら、トロロを堅く抱き締める。
事件が一段落した後、クルルの元へ宇宙宅配便が届けられた。
一筆の送り状もない、素っ気ない荷物だった。
「ねークルル、ガルル中尉からの贈り物って、一体何だったの?」
ケロロの好奇心旺盛な目が爛々と輝いている。
大きな箱を開くと、中にはあちこちの原産地から集められた地球式のカレールーが詰まっていた。
「……ま、こんなもんだろ。俺が無理難題を言い出す前に手を打った、ってトコかね?」
「って、クルル一体何もらう予定だったのヨ?」
ケロロは箱の中に収められたルーのパッケージをひとつひとつ手に取りながら、その産地や材料について吟味する。自分もついでに試食する手筈なのかも知れない。
「食いたきゃ材料を提供しろよ、隊長」
「ケチー!」
カレーは多種に渡り、甘口からスパイスの効いた辛口まで、より取りみどりであった。
「あー、こういうのガキの頃好きだったっけ」
ケロロが取り出したのは、母星にて流行中のアニメキャラクターの絵がついた、子供向の甘口インスタント物の薄い箱だった。
「ふーん、隊長はそういうのが口に合うのか。安っぽい趣味だぜぇ」
「ガキの頃って言ってんじゃん! 今はこういうのかな? 極上シーフード高級タラバガニエキス入りデラックスカレー!」
子供の頃、という言葉でケロロはふと全ての根本の原因を思い起こす。
「……そーいやサ、あの橙色の尻尾付き、あれからどうしたんだっけか?」
既にクルルはカレーの箱に興味を失った様子で、ケロロに背を向けて自室へと消えるところだった。
「誰にでもある『難しい年頃』ってヤツだろ?」
「難しい年頃ってアンタ、そんな単純な事でいい訳?」
それ以上話す気はないらしい。
今回の事件に関するクルルのガードは意外に堅かった。
閉じられたドアに向けてケロロが冗談半分に言った言葉は、どこまで届いただろう。
「ンー、家のドアにケリで穴開けるとか。んで親父に叱られて自分で修理したりしてサ、俺カコワル〜」
ガルル小隊は直後の作戦に大々的な成功を納め、ますます評価を高めて帰還したという。
勿論小隊の中で起こった小さな悶着については、誰も知らない。
「単純な事なんだヨ、普通はな。……おおごとになっちまったのは、クソガキがドアに穴開ける程度で満足できるタマじゃなかったって事だ」
クルルは笑う。
思春期のフラストレーション、他人への苛立ち、性衝動、そして破壊願望。
背筋を駆け上るひりひりと痺れるような感覚が、どこまでも自身を内面へと向かわせ、狂気を伴って暴走する。
もしあの向こう見ずな子供を放置したら、どんなに恐ろしい結果を招いた事だろう。
「俺なんかもうちょっとで星一個、吹っ飛ばしちまうところだったからな」
実際にトロロがあのまま現実世界に帰還しなかったら。
ガルル小隊のみならず、ケロン軍の戦力を大幅に割いた巨大作戦はその要を失う事となり、まさに歴史的な惨敗、更に母星の運命すら左右する結果となったであろう。
まだ当人に自覚はない。
そして誰もが積極的にトロロにそれを知らせはしない。
何しろまだ彼は周囲にとって、扱い難い尻尾付きのままなのだから。
<終>