■ぼくの宇宙人『夜明け前』

 

 



僕は宇宙人を知っている。

何故僕だけに宇宙人が見えるのか、わからない。
宇宙人が潜んでいる場所を僕が何度指差しても、ママも友達も気付かなかった。
ほら、あそこに。円盤に乗った蛙みたいな赤い宇宙人がいるのに。

ママは僕のおでこに手を当てて、今日は学校を休めと言った。よくわからない苦い薬を山ほどと、レトルトパックのお昼ごはんを用意して、僕を残して仕事に行ってしまった。
あなたももうすぐ五年生だし、お勉強が遅れてしまうのは困るんだけど、そう付け足すのを忘れずに。
僕は少し不満だった。
そりゃ一日中宇宙人を観察したい僕にとって好都合だったけど、僕の頭がおかしいと思われるのはちょっと…… だよね。

ほら、今もいる。
僕の部屋のベランダの、植木鉢の脇にテントと迷彩模様。
毎日円盤でどこかへ出かけて、帰ってくる。
何をやってるんだろう。
僕が見えてる事に、あいつは気付いているのかな。
一体この地球に何しに来たんだろう。

TVや映画に出てくる宇宙人は大抵悪者で、地球人の敵だ。
そう考えて、ちょっとだけ「あれ」って思う。
そういえば僕、あんまり宇宙人の出て来る話って知らない。
だって、宇宙人なんて幼稚だし。
ウルトラマンなんて嘘の話だし。
パパが誘ってくれた映画「遠い昔、遥か彼方の銀河系」が舞台のとか、沢山三本足の宇宙人が攻めてくる、ちょっと怖そうなのとか、一緒に見ればよかったってちょっと後悔してる。
ああいう話を沢山知ってれば、あの宇宙人が何をしようとしてるのか、何しにやって来たのか、僕ももっとよくわかったかも知れない。
ママはそういうロマンチックじゃない映画が嫌いだし、僕も非科学的だなんて言っちゃったから、パパは寂しそうにだれもいない真夜中のリビングで、冷凍ポテトを摘みながらDVDを見ていた。
ある時ちらっと覗くと、TV画面の中には野球のバットで叩かれる宇宙人が映っていて、何だ、やっぱり幼稚じゃん、って思ったのを覚えてる。
宇宙から来たすごい科学力を持ってるはずの宇宙人が、バットなんかでやられるの、バカバカしいよ。
あの時はそう思ったけど、例えばベランダの赤蛙宇宙人が、突然家の中に押し入ってきたりしたら。
僕は光線銃もビームの剣も持ってないし、やっぱりバットを使う気がする。
ママはてっとり早く包丁で脅すだろうし、パパはゴルフクラブだ。
ああ、それって意外と気付かない「リアリティ」ってやつ?
僕は少し大人な気分で、新しい言葉を使ってみた。

宇宙人は今日も、円盤に乗って出かけてしまった。
せっかくまる一日、宇宙人の生態を見学しようと思ったのに、ちょっと拍子抜けだった。

外はすごくいい天気だ。
今はちょうど四時間目くらい。
みんなお腹を鳴らしながら算数の授業を受けている頃。
朝からずっと家でごろごろしてる僕は、あんまりお腹がすいていない。
宇宙人が留守なら、学校が休みでも意味がない。
友達とDSの話、したいよなあ……

そう思ってはっと閃くものがあった。
あの宇宙人、一人っきり?
この地球に何の用だろうと、宇宙人って一人でやって来るものなのかな?
よくある「チキュウシンリャク」だったりしたら、仲間が大勢一緒に来るはずだし……
ああ、もしかしてあの宇宙人、仲間からはぐれて迷子なんじゃ。
僕はちょっと笑ってしまった。
「すごい科学力を持った宇宙人」が迷子だなんて。
でも、あり得るかも。
初めて来た地球で、言葉もわからないんだとしたら、すごく不安だろうな。
だから僕のベランダを拠点にして、毎日仲間を探し回っているんだ。
ああ、これも「リアリティ」?

不案内な地球じゃ不便だろう。
地球には宇宙人用の案内板なんてないし。そもそも宇宙人とのつきあいもないから、困った時の窓口も大使館もない。
僕はちょっと気の毒に思ってこの町の地図と、そして何種類かのレトルト食品(何を食べるのかわからないけど、レトルトって宇宙っぽいかと思って)、そして退屈しのぎにできそうなマンガを二冊(字が読めるのかどうかわからないけど、絵ならわかるだろうと思って)、ベランダの植木鉢の片隅にまとめて置いた。

―――――早く帰って来ないかな、赤い蛙の宇宙人。



僕はそんな作文を大真面目に提出して、先生に苦笑いされた。
ママにはまた何か言われそうで内緒だったけど、パパには見せた。
パパは「すごい、お前はSFの魂がわかってる! 今度パパとスタートレックを見よう!」と言ってすごく喜んでくれたけど、やっぱり本当にあった事だとは信じてくれなかったみたい。
僕は少し心外だった。でも、もう証拠もない。

あの宇宙人は、それきり僕ん家のベランダへ帰って来なかったから。

地図もレトルトもマンガも、誰の手に渡る事もなく雨に濡れ、変な色になったまま今もそこにある。



あれから少しして、僕はあの宇宙人の事を物語にしようと書き始めた。
宇宙人なんて幼稚だなんて言ってた友達も、今では楽しく読んでくれている。
ノリにノッて書いてる僕を、パパはママに内緒で「末は星雲かネビュラ賞か」なんて応援してくれている。
でもやっぱり「リアリティ」は難しい。
「リアリティ」って、僕らがお話をより身近に体感できる「スパイス」の事だから。
赤い蛙の宇宙人は仲間といっしょに地球侵略にやってきて、何かの原因で仲間とはぐれて僕のベランダに来た。
毎日小さな円盤で仲間を探してるけど見つからず、侵略という目的がなかなか達成できない事を、すごく困っている。
奴は硬派でマジメなヤツなのだ。
僕が書いているのはまだそのあたり。
「でも、コレだとちょっとキャラ、弱いんだよな」
そう、ちょっと展開に困り始めた頃で、僕はちょっと悩んでいた。
これって「スランプ」ってやつ?
何だかそれも初体験でわくわくする。

その時、僕はふと通り過ぎようとしたある家の庭に、あの見慣れた円盤を見つけた。
しかも何機も。

え? え? あの宇宙人、こんな所にいたの?
僕はドキドキしながらその庭を覗き込むと、そこには緑、黄色、黒の色とりどりの宇宙人が集っていた。
うわぁ、すごい、仲間ってあんなに沢山いたんだ!
ここ、宇宙人の本拠地? 毎日ここ素通りしてたのに。普通の家だと思ってたのに。
その家の中学生くらいのお兄さんも、宇宙人たちに普通に接していて、宇宙人たちも親しそうに話しかけたりしている。
じゃ、あの赤いのは……
僕はぐるぐる見回して、その家の縁側でかわいいお姉さんの横に座って、何かもじもじしてる赤い宇宙人を見つけた。
うわぁ、赤いの、格好悪い……

僕はしばらく立ち止まって宇宙人達とその家の人を観察していたけど、何だかそうしているのも気まずくて、急ぎ足でそこを離れた。
ほら、何だか普通に仲のいい家族をうらやましそうに覗いてる、ちょっと寂しい小学生って感じだったから。
宇宙人と仲良しなあの家の人達って、何なんだろう。
普通の人っぽいのに、何だか不思議。
地球侵略とか、そういう宇宙人じゃないのかな。
でも、そういうのも面白そう。

僕はちょっと展開に困っていたストーリーの道が開けたのを感じてる。
赤い宇宙人は仲間探しをする間に、きれいな地球のお姉さんを好きになってしまう。
硬派でマジメな宇宙人はすごくすごく困ってしまって、グダグダしちゃう。
そのうち仲間も見つかるんだけど、地球のくらしに慣れてしまって、侵略どころじゃなくなってる奴とか、すっかり探すの忘れられてスネちゃってる奴がいたり。あ、発明とかする奴も出そう。宇宙人と言えばほら、「すごい科学力」だから。

イマイチ格好よくない宇宙人だけど、これって「人間臭さ」っていう「リアリティ」だよね。


ママは今日も疲れて帰って、夕ご飯はお惣菜で許してね、ってソファに座っちゃった。
パパは残業で、それでも帰って来たら相変わらずレプリカントがどうのこうの、って映画を見てる。
近頃は僕もパパの横で、モノリスがどうの、未知との遭遇がどうのと、色々話せるようになってきた。
今度パパは僕に、ウェルズだか何だかの本を買ってくれるらしい。
「当時、この小説のラジオドラマを現実に起きている事だと間違った人が大勢いて、大騒ぎになった事があるんだ」
パパの話を聞いて、僕はその頃の人々の「リアリティ」を思い浮かべる。
人類はずっと、地球の外にいる誰かについて、怖がったり面白がったりしながら、うまく共存してきたのかも知れないね。
そう思うと、僕は何だかわくわくして、今夜も寝つけそうにない。
まるで鏡みたいに僕らの「リアリティ」を映しながら、宇宙人はすぐ隣に潜んでいたのかも。
実は人類がその存在に気付く遥か以前から……
そう、まさしくそしらぬ顔をしながら、ひっそりと。

だって、僕の宇宙人たちも、僕らの生活の延長線上に生きている。
嘘っぽいほどの「リアリティ」をかもしながら。
あの様子じゃ、「そしらぬ顔」は出来なかったみたいだけど……


僕はベッドから飛び起きて、冴えてしまった目で、またノートを開いて書きはじめる。
僕の、僕だけの宇宙人の物語を。



                    

                        <終>