■ぼくらの○○○

 

 



ある時、まだ入隊して間もないガルルの元に、急な呼び出し命令が下った。
どことなく緊急性を帯びた電文、それに応えて上官の居る旗艦の私室をノックしてみれば、そこには見慣れない腕章を付けた下士官が二人、立っていた。

「お呼びですか?」
敬礼もそこそこに、上官は顎でガルルを促す。
腕章の柄には何となく見覚えがあった。
軍の刑法を直接司る部署といえば憲兵隊であるが、彼等に呼び出される覚えはない。
しかし。
「この間の作戦では、目覚ましい働きを見せた君の事だ。ただの誤解だという事はわかっている」
上官は椅子に腰かけたまま、ガルルとは目を合わさずにそこまでを言う。
ということは、やはり自分には何らかの容疑がかかっているという事なのか。
腕章付二人は刺すような鋭い目でこちらを睨んでいた。

「しかし、何です。私が何か」
言いかけたところで、前に立っていた方の男がいきなり机を叩く。
「何かではない! 貴様には体制批判の容疑がある!」
ガルルは思わずぽかんと口を開く。
唐突に自分に降って湧いたのは、思いもかけなかった罪状であったらしい。


「……体制、批判で…… ありますか?」
「そうだ! 貴様には思想犯及びスパイの疑いがかかっている」
「スパイ…… 私が?」
あまりにも話が飛び過ぎている。
間違いにしろ、もう少しましな物を持って来い。
まさに上官の顔はそう言いたげだった。
「一体何故、何を根拠にこんな堅苦しい昔気質の男を、思想犯やスパイだなどと判断されたのか」
呆れをあらわにした大きな溜息と共に、やんわりと助け舟を出してくれる。

「昔気質だの、軍人らしさなどというものは、いくらでもカムフラージュできるものだ! 現にこれまで我々はそういう海千山千の危険人物を挙げて来た!」
腕章の男の声は甲高く、更に腹からというよりは、咽で張り上げる大声なので、不快に耳に響く。
「……私は体制に不満もありませんし、ケロンのために命を賭けて働いているつもりでありますが、何か私がそういう輩であると言い切られる確証でもお持ちなのですか?」
対するガルルの声音は声量のある低音で、余裕を感じさせる。
それが余計に男を刺激したらしい。
「何を逆らうか、貴様!」
つかつかと早足で歩み寄った腕章の男が腕を振り上げ、拳で言う事を聞かせようとする。
一撃は素直に受けておいたガルルであったが、上体すら揺るがす事のない堂々とした風情と、大振りした腕に安定を欠いて蹌踉ける男との差が更に広がるのを見て、上官は思わず込み上げる笑いを堪える。
遂に男は恥も外聞もなく叫んだ。
「な、生意気なっ! 貴様、これを見ればそんな余裕しゃくしゃくで居られる筈がない!」

長く全てを大声の男に任せていたもうひとりの腕章の男が、ようやく自分の出番かと室内の映像再生装置の電源を入れる。
これを見れば、と言うからには何か、証拠になるような画がそこに映し出されるという事か。
しかし妙だとガルルは思う。
上官もまた同じ気持ちのようで、しきりに首を傾げながらこちらを伺っていた。
私怨による罠か。
それにしても、足を引っぱろうにも自分のような者を陥れて、一体誰が得をするというのだろう。
ガルルは自分の過去を思い起こす。
清廉潔白とは言い切れないが、少なくとも『反体制』だの『思想犯』だのの容疑をかけられる覚えはない。
そうしている間に、提示されたモニタ上に映像が映し出された。


無音の画面。
秘かに仕掛けられたかのようなカメラは、よく見知った場所を進む。
じっと見詰めていると酔いが起きそうな手ぶれに、ガルルは少し目を細めた。

「ここがどこかわかるか」
塀、そして小さな私道が入り組んだ中小の居住区。
それはガルルとその家族が長年住み慣れた町の映像だった。
「私の故郷の様ですが」
男はしてやったり、という表情でその言葉に鼻を鳴らす。
「そうだろう、これはな、貴様が一ヶ月前に預かったというケロボールが記録した映像だ」
ケロボール。
確かに少し前、上官の物をしばらくの期間、ガルルが預かった事がある。

しかしそれは自室に厳重に保管した筈だ。
こんな風に無防備に、その姿を晒すように持ち出し、町中の映像を記録させた記憶はない。
更に映像が進むと、板塀の奥の広場に、何やら仰々しい奇妙な建造物が現れた。


映像はそこで止められた。
ガルルは額に手を当て、項垂れている。

―――――ギロロの仕業か。

家にいるまだ幼い弟が、自室に保管してあったケロボールを持ち出した事は明白だった。
全く油断も隙もない、あれほど触るなと念を押しておいたのに。

まるで苦悩するような様子のガルルを、腕章の男は勝ち誇った様子で一瞥した。
「どうだ、これが証拠だ。これだけ明白な証拠がある以上、我々は貴様を連行せざるを得ん」
「は、ケロボールを持ち出した事は認めます」
神妙に吐き出しつつ、ガルルは幼い弟の少年らしい好奇心が、健全に逞しく育っている事が嬉しくてたまらない。
弟もまた、禁忌を越える冒険を選んだのだ。
かつての自分のように。
しかしひとつガルルの中で引っかかる事があった。
思想犯? 反体制主義? スパイ?
それがどこに掛かるのかだけがわからない。
さっきの映像からそれが読み取れるという事は、ケロボールを持ち出した弟までもが何らかの罪を被る事になるのだろうか。
思わずガルルは問いつめる。
「一つ質問させてはくれますまいか。私の『思想犯』という容疑は、一体どこから導き出された物なのかという事を」

男は苛立っていた。
これ程映像は明確に、お前の罪状を饒舌に語っているではないか。
しかし知りたいなら何度でも見せてやる。
しらを切った所で、拷問する時間はどうせたっぷりあるのだ。
「逆サーチ!」
男の甲高い声と共に映像が巻き戻される。

見慣れた道。
幼年学校へ通うための、そして友達の家へと急ぐための迂回路。
小さな橋を渡ると、そこには板塀に囲まれた四角い広場があり、何代にも渡って子供達の遊び場となっていた。
あの奇妙な寄せ集めの材料で汲み上げられた建物は、おそらく『秘密基地』。
この場で遊び、笑い、喧嘩し、時には泣き、慰め合い……
ガルルは大いに身に覚えのある、少年達の通過儀礼を思い起こす。

懐かしさに満ちた回想を破ったのは、再び響いた男の耳障りな声だった。
「ここだ!」
「……!?」
その指が指し示すところをガルルは目で追う。
秘密基地の屋根を下り、入口を辿り、そしてその前に置かれた看板らしき物。
そこには……

『アジト』
幼い文字で書かれた地球語。
急激にガルルの中で全てが腑に落ちる。

―――――そういうことだったのか。

突然大笑いを始めたガルルに、腕章の男はしばし怒鳴り散らす事すらを止め、ぽかんと口を開けて立ち尽くす事になるのであった。





「ええっ、それじゃ兄ちゃん、危なかったんだな」
久しぶりに休暇で家に戻ったガルルは、事件の一部始終をギロロに語って聞かせた。
悪戯盛りな弟に、少しお灸を据える気持ちもあったのだろう。
「そうだ。いろいろ助けてくれる存在があったお蔭で放免されたがな」
そう言うとギロロはばつが悪そうに、しゅんとなって俯く。
「……ごめん、兄ちゃん。……俺、知らなくって……」
そうして反省と共に急激に元気を失う弟の、神妙な表情が可笑しく、そして可愛らしい。
「これに懲りたら、もう俺の大事な物を持ち出さない事だな」
「うん、そうする。ごめんよ」
縋ってくる弟の頭を撫でてやりながら、ガルルは思い起こす。
そういえばしばらくこうして、ギロロと話していなかった気がする。

事件はひとつの切っ掛けになったのかも知れない。
という事は、あの声の大きな憲兵には少しは感謝すべきか。
いや、それにしても。

再びガルルは笑い出す。





―――――『アジト』。

地球語での語源はロシア語の『アジトプンクト』。アジテーション・ポイントの略とも言われる。
直訳での意味は革命などの扇動司令部、非合法活動の秘密拠点という事で、現在の地球で広まっている俗語としての広義の使い方は、その頃のケロンにはまだ浸透していなかったらしい。
この看板を作ったケロロ少年は、地球産のアニメやマンガに日頃から親しみ「何となくカッコイーから」思いついたという事だが、もしかするとケロン人の中で初めてこの言葉を使った、『革命的』人物であったかも知れない。



                        
                       <終>